関節炎を患い、遺伝子治療薬の臨床治験にボランティアで被験者として参加していた米国イリノイ州在住の女性が7月24日、体内出血と臓器不全で死亡した。治験薬が死因と断定していないが、開発した製薬会社は直ちに臨床治験を中止、FDA食品医薬品局は関連を調査している。Washington Post紙が6日、報じた。

Washington Post紙6日付によると、死亡したのはJolee Mohrさん(36)で、夫Robbさんと5歳の娘が後に残された。Robbさんの話では、Joleeさんは3週間ほど前までは元気で、時々関節炎による痛みがある程度だった。それが急変したのは、ウイルスを遺伝子操作して作られた治験薬を7月2日に右ひざに注射した直後からだった。Joleeさんが入院した病院の医師もこの治験薬を疑っている。

注射翌日から発熱し、嘔吐し、やがて感染と肝機能障害の兆候が現れ、入院する。既存の細菌・ウイルス試験では感染陰性の結果が出る。しかしその後も状態は悪化、呼吸困難と肝移植の必要性が出てきてChicago大学病院に転院、病院は治験薬が原因の疑いとFDAに報告する。Robbさんは「妻にはこれでひざがよくなると説明されていた。いたって簡単なことであるはずだったのに」と語った。

この治験薬tgAAC94を開発したのはTargeted Genetics Corp(本社Seattle)で、遺伝子操作で新たな遺伝子を持つウイルスを開発、関節に注射して、細胞に感染すると持続的にタンパク質を作り出して炎症の素になる分子を吸収する働きがあるとされている。

今回の臨床治験は、関節炎治療薬tgAAC94の安全性を試験するための初期段階のI/II相試験で、治療上有益かどうかは狙いではなかった。薬の効果を測定する治験はこの後の段階になる予定だった。この治験には数十人が被験者として参加していたが、重篤な副作用が出たのはJoleeさんだけだった。製薬会社の重役H.Stewart Parker氏は、リスクを事前に説明するなど規則にのっとった治験で問題はなかったと強調した上で、Joleeさんの死をとても悲しんでいると述べた。
(臨床治験の落とし穴、遺伝子治療中の患者が死亡――米イリノイ州)


遺伝子治療とは、異常な遺伝子を持っているため機能不全に陥っている細胞の欠陥を修復・修正することで病気を治療する手法です。

多くは上記のように、ベクターウィルスを使って、正常遺伝子を導入する手法がとられています。ベクターを注射、吸入、塗布などで患部組織に注入するか、患者自身の血球などを一度取り出し、体外でベクターを作用させてから、患者に戻す方法があります。

ベクターとなるウイルスは、本来の病原性が現われないように加工されます。方法としては、ウイルス遺伝子の本体を削除したり、ウイルス遺伝子本体を起動する遺伝子を削除します。つまり、ベクターではウイルスの遺伝子自体は働けないようになっているはずです。さらに、レトロウイルスやアデノウイルスなど、病原性が弱いウイルスを使うようになっています。

ですが、稀に副作用として本来の病原性を表わしたり、勝手に増殖するウイルスが混じることがあります。ただ、この副作用を重篤にしないように、特定の抗ウィルス薬に弱いように操作されているそうです。

ですが、問題が起こってしまったようです。遺伝子治療における問題点としては、以下のようなものが挙げられます。
1)ベクターのウイルスが病原性を現わす場合
2)治療用遺伝子が目的以外の細胞に導入された場合
3)治療用遺伝子が誤った場所に挿入された場合
4)ベクターが免疫反応を引き起こす場合

こうしたものの中で、本件は特に熱発から始まって、重篤な肝機能障害を引き起こし、最終的には多臓器不全に陥り、亡くなってしまったようです。遺伝子治療における臨床試験中、ここまでの事例は希有なことであると思われます。しかしながら、遺伝子治療が原因であると疑われている今、再発予防のためにも、しっかりとした原因究明や再発防止策が求められます。難病と言われる神経疾患や遺伝病など、今後の治療を担う技術と目されているだけに、非常に残念な事件です。亡くなったJolee Mohrさんのご冥福をお祈りしたいと思います。

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