葬式躁病とは、近親者との死別後、短期間の間に発症する躁病を指します。やもめ躁病とか躁病性悲哀と言う形でも報告されているそうです。近しい人が亡くなったら、うつ状態になると考えるのが通常だと思われますが、逆に悲しい出来事に引き続いて躁になってしまうそうです。

悲しく、落ち込んでいるはずなのに妙に明るく振る舞ってしまったり(実際にテンションが上がっている)、不似合いな場面で笑ってしまったり、葬式に際して大盤振る舞いしてしまったり…こうした症状が現れてしまうようです。

どうしてこんなことが起こるのかと言えば、「躁的防衛」という心の防衛機能が働くと考えられます。これは女性の精神分析家が提唱した概念で、あまりにもショックなこと、苦しいことがわが身に降りかかってきた際に、その事実を真っ向から受け止めることが辛すぎるので、無意識裏に否認し、逆に「万能的な爽快感、支配感、勝利・征服感、軽蔑」を作り出すことによって、ストレスの原因を忘れようとする(対象を失ったことを否認)心の働きを指します。抑うつ不安といったものを感じません。

一方で、同様の心の働きとして合理化があります。合理化とは、自分にとって都合の悪い現実を、事実と異なる理由で隠蔽・正当化するなど、心理的自己防衛を図ることです。例えば、大学入試に失敗した者が、自分の学力が不足していたにも関わらず目を背け、「あの大学はもともと学風が嫌いだった」と言うなどです。ですがこれは、対象が統合されて、抑うつポジションにはいった後に使われる防衛です。抑うつ不安を感じることが可能な点が、躁的防衛とは異なります。

「躁的防衛」は、実は葬式といった場面だけではなく、自身が癌などを患ったときにも現れてきます。

授業で提示された例では、悪性黒色腫と診断された男性が、入院中に急に落ち着きがなくなり、同室の入院患者さんに売店で買ってきたものを大盤振る舞いしてしまったりしたそうです。また、「自分の会社をよろしく!」と、名刺を配って歩いたこともありました(入院中にも関わらず)。自分の病気に対しては、「悪いものだと聞いている。この歳になったら仕方がない」と妙に悟ったことを言って、気にしていない様子だったそうです。その後、あまりにもイライラしてスタッフとケンカが絶えないなど、入院が困難となって精神科にコンサルトされた、といったとのこと。その後、躁病治療を行って(抗躁薬投与)、事なきを得て再び入院治療することができるようになったそうです。

何とも、不思議な心の働きだと思います。
もともと、会社でも上の地位にいた人とのことで、「強い自分を誇示しなければならない」という思いが強かった人なのかもしれません。

あまりにも強い絶望を感じると、今度はそれをテンションを上げて忘れようとする。うつ病の人が余りにも辛い現状から回避したいがために自殺をする、というのと、もしかしたら表裏一体のことなのか、と思ったりもしました。

『葬儀の際、妙に明るく振る舞っている親族』『入院しているのにも関わらず、妙に明るい患者さん』などがいたら、「これなら大丈夫だな」というのではなく、実際はひどい絶望を感じていると思い、気に掛けてあげてください。それは、その人が発しているSOSのサインであるかもしれません。

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