芸術の創造や鑑賞に、脳活動はどのように関係しているのだろうか。理化学研究所脳科学総合研究センターの創立10周年記念トークセッションの最終回(16日開催)は「脳と芸術」がテーマ。音楽、美術など各分野のアーティストとの対話を通じて、脳科学者が芸術の解明に挑戦した。
 
理研脳科学総合研究センター認知脳科学研究グループディレクターの田中啓治氏は、「脳には絵画をめでる大事な領域がある」と話す。田中氏によると、人間の視覚情報は脳の後頭部で主に処理されるが、場所によって機能が異なる。例えば印象派のモネの絵は後頭部の「視覚前野」という領域で、ピカソの抽象画はその先の「下側頭葉皮質」という領域で理解されていることが、最近の研究で分かってきた。
 
脳出血患者にそれぞれの人物画を見せると、脳の機能が失われた場所によって、「モネの絵は何だか分からないが、ピカソの絵は『人間の顔』だと分かる」といった理解度の違いが、まれに起きるという。
 
では、人間はなぜ芸術活動をするようになったのか。同センター生物言語研究チームリーダーの岡ノ谷一夫氏は、雄が複雑な歌声でさえずることで知られるジュウシマツを使った興味深い実験結果を紹介した。
 
ジュウシマツの雌に簡単な歌声と、複雑な歌声を聞かせて巣作りの行動を比較すると、複雑な歌声を聞いたときの方が一生懸命、巣作りに励む。複雑な歌声を出せる雄の方が栄養状態が良好で、適応能力が高いと判断して好きになるらしい。一方、雄にとって、歌声は雌を引き寄せて子孫を残すための道具であり、雌の好みに応じて複雑化の進化を遂げたという。
 
これを人間にあてはめると、「芸術は女性にもてるための手段」ということになるが、そう単純ではないようだ。「芸術は他人と仲良くなるための手段」という考え方もある。芸術を鑑賞すると、脳の「前頭眼窩野」という領域が活発化するが、ここはコミュニケーション能力に関係する場所でもある。
 
「芸術は他人に表現するものだから、コミュニケーションの領域が関係しているのでは」「でも、芸術家は協調性のない変人が多いじゃないか」「芸術の起源は脳の中にある」…。さまざまな角度から意見交換が続いた。
 
最後にあいさつした理研の野依良治理事長は「科学が人の心や精神にアプローチするのは素晴らしいことだ。どこまでできるかは難しいが、科学と芸術はどちらも普遍性がある。対話を重ね、知を統合することが大事だ」と強調した。
(脳科学者が芸術の解明に挑戦)


精神科領域の治療法の一つとして、芸術療法というものがあります。
絵画、彫刻、陶芸、音楽、箱庭などの創作的、芸術的活動を通して患者の精神的健康の回復をはかる治療法のことを指します。

芸術療法の主な方法として絵画療法、箱庭療法、心理劇(サイコドラマ)があり、人生を豊かにする治療的作用が加わるものとして、音楽療法、ダンス療法、読書療法があげられます。また近年、自ら写真を撮ることで治療効果をあげる写真療法(フォトセラピーphoto‐therapy)も注目されています。

「何かを表現する」ということは、日頃に鬱屈した思いや、ストレスを発散するということにもなると思われます。それ以上に、何かに打ち込むこと自体が楽しみであると思われます。そういった働きが精神的な安定や安らぎをあたえてくれるのだと思われます。

以前、統合失調症の患者さんが演じる劇に関するドキュメントを読んだことがありました。それは、以下のような内容のものです。
やはり指導者の苦労は非常に大きかったようです。練習の時も、1人が不安を感じたり暴れ出したりすると、それが伝播したように広がっていったりして、なかなか進まなかったりしたそうです。

筋書きや台詞は、患者さん自身の様子が上手く取り入れられており、ただそこに存在するだけでも意味あるものとして捉えられる、といった工夫はされていたそうです。複雑なストーリー展開であり、意味が分からないところも多々あったりしますが、見応えのある劇であった、と締めくくられていたように思います。

こうした劇を演じることによって、患者の自発性をひき出し、健康な部分をはぐくむ心理療法の一技法を心理劇(サイコドラマ)と言ったりします。こちらの場合は、任意に患者を選び、共演者も指定して、その場で悩んでいる問題を提示し思いつくまま即興で演じさせる、といった違いがありますが、目的としては同様のことであると思われます。

今後、こうした芸術の解明により、もしかしたら精神科領域において新たな治療法が出てくるかも知れない、と思ったりしています。

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