2007年11月19日放送の「NEWS23」にて、「がんを生きぬく」というテーマで石野見幸の特集が行われていた。そこでは、命を削るようにして、搾り出すようにインタビューに答える石野さんや家族の声が映し出されていた。

まず、石野さんが取材を受ける気になった理由を訊ねられて、彼女は「同じ病気と闘う人たちのために出ようと思った。本当は、苦手だし、こういう形でテレビには出ることに抵抗感がある。でも、あんな風に頑張っている人がいるのなら『自分も頑張ろう』って思ってくれれば、と思って取材していただいています」と答えた。

だが、家族の反応は複雑だった。「テレビを観た人から、『元気そうで良かったね』と言われることがある。けれど、そういう人たちは、彼女の生活を全部見ている訳ではない。午前中に調子が良くても、午後に寝たきりの状態になることもある」と答えていた。そう話す家族の隣で、急に腹痛を訴えて、横にならざるを得ない姿も映されていた。その様子からも、かなり無理をしていることが分かる。

それでもインタビューに答え、残り少ない命を燃やしても伝えたい、という気持ちが痛いほど伝わってきた。インタビューへの続きで、家族は「『前向きに生きていることに感動しました』と言われることに、非常に違和感を覚える。(残された時間は短いのに)前向きになんか生きられない…」と、声を詰まらせて話していた。死期が刻一刻と迫る中、見守ってサポートしていることしか出来ないもどかしさや、見幸さんを間近に見ている者の内情を伝えているように思う。

石野さんの最後のインタビューでは、抗癌剤で「胃が溶けるような痛み」を感じながら、満身創痍といった様子の中にも関わらず行われた。

「元気でなくて申し訳ない」と前置きをして、彼女は語り出した。「(私の姿を見て)『生き方を見直します』とよく言われることがある。でも、それは違うんです。今、私が一番欲しいのは、"つまらない日常"。それが愛おしい」

彼女は、インタビュアーに対して、いつも「輝いて映ってますか?」と訊ねたという。精一杯の元気な姿を演じることで、彼女は同じ境遇の人たちを元気づけたかったのではないだろうか。

彼女がテレビを通じて伝えたかったもの…それは、単に病気と闘う自分の姿ではなく、彼女自身が命を削って輝くことで、苦しんでいる人たちを照らし、勇気づけることではなかったのだろうか。


石野さんは幼い頃から胆管拡張症で入退院を繰り返したそうです。それを克服し、ジャズシンガーになりましたが、31歳でスキルス胃癌であることが判明。

治療として、胃の4分の3を摘出しました。ですが、昨年9月に癌が再発して「余命1カ月」と宣告されましたが、昨年12月に痛み止めを打ちながらも歌い続けました。そして、11月8日に癌性腹膜炎のため、35歳の若さで亡くなりました。

スキルス胃癌とは、以下のようなものを指します。
胃癌は50〜60歳の男性に多いですが、いわゆるスキルス胃癌(Borrmann4型)のみは、若い女性に多いと言われています。他の胃癌は粘膜から発生し、腫瘤を形成していくのに対し、スキルス胃癌は粘膜下に浸潤していくので、みつけにくいとされます。

スキルスとは、日本語で硬癌ともいいます。胃の全体が変形して固くなるために、こうした名前になっています。胃カメラでは発見しにくいのが特徴で、むしろバリウムを飲む胃透視で分かることがあります。

スキルス胃癌の予後が悪く、手術をしても再発率は非常に高くなっています。再発の形式としては、リンパ節再発、腹膜再発が多く、腹膜再発は癌性腹膜炎となり、治療の効果は非常に低く、癌の末期状態という状態です。

胃癌に対してよく使われる抗癌剤はフルオロウラシル、シスプラチン、メソトレキセート、パクリタキセル、イリノテカンなど、もしくはその類似薬です。

特に、TS-1(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)は日本で開発された抗癌剤であり、進行再発胃癌に対する第一選択薬剤として国内で広く用いられています。TS-1は、経口剤でありながら単剤での奏効率が3割程度と高いとのことです。

ただ、副作用として激しい下痢や腹痛などの消化気症状や、消化管潰瘍・出血が生じてしまうこともあります。恐らく、石野さんもこうした副作用が強く出てしまったのではないか、と考えられます。

胃癌による死者数は、年々減少していますが、2003年の日本における死者数は49,535人(男32,142人、女17,393人)で、男性では肺癌に次いで第2位、女性では大腸癌に次いで第2位とまだ死亡率の高い疾患です。

胃癌だけでなく、癌(悪性新生物)は死亡原因の第一位となっています。自分自身が癌になったとき、そして、余命わずかであると宣告されたとき、どんな生き方をすればいいのか、考える契機になる番組であったと思います。

「つまらない日常が、いま一番欲しいもの」という言葉が、非常に印象的でした。

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