以下は、ザ!世界仰天ニュースで取り上げられていた内容です。

2006年、日本から2,400km離れたサイパンに暮らす幸せな家族、ビンセント・カストロと妻ヒルマ、7歳の娘ビベカ。ヒルマのお腹には新しい命が宿っており、島にある唯一の総合病院、北マリアナ総合病院で定期健診を受け、結果は順調。7月19日、無事に男児を出産。しかし生まれた直後、ピンク色に変わるはずの肌が、見る見る青紫に変わっていく。時間の経過と共に酸素が欠乏している症状であるチアノーゼが現れ検査へ。小児科医のリビングストン医師が診断すると、完全大血管転位症(TGA)と判明。

完全大血管転位症(TGA)は、生まれて赤ちゃんが呼吸を始めてから発覚する。

通常、赤ちゃんは母親のお腹の中いる時、まだ、肺では呼吸はしていない。その為、母親からへその緒を通じ、酸素を多く含んだ血液を受け取っている。しかし、出産後は酸素を含んだ血液を自分の力で呼吸し、心臓から送り出さなければならない。正常な場合、全身にまわった血液が心臓に戻り、肺で酸素を充分に含み、全身に行き渡る。

完全大血管転位症(TGA)は、肺に送る血管と全身に送る血管が逆につながった先天性の病気。これにより酸素の少ない血液が全身に送られてしまう。つまり、体は酸欠状態。これでは脳や全身がダメージを受けてしまう。TGAは、約5,000人に1人の割合で見られ、何も処置をしなければ1ヶ月で90%以上が死亡、生後1、2週間で命を落とす危険性も極めて高い。この病気を治すには、逆につながっている血管を一度切断し、入れ替え、繋ぎ直す手術を受けなければならない。それは大手術だった。

手術を行うためには手術が出来る優秀な医師とそれを可能にする設備が必要だったが、サイパンは8万人の人口に対し総合病院は1つ、専門的な心臓や脳の手術は出来ないため、アメリカ本土やフィリピンの病院に依頼していた。先天性の心臓病の子供はアメリカ・サンディエゴの小児専門病院で診てもらう事になっていた。

PGE1(プロスタグランジンE1)の点滴により、血中酸素濃度は何とか保たれている状態だった。この点滴は、動脈管と呼ばれる血管が塞がるのを止める役割があった。動脈管は母親のお腹の中にいる時だけ必要な血管。通常は、生後2、3日で塞がってしまうものだが、今はこの血管により、酸素を含んだ血液が、漏れて全身にいきわたっていた。つまり、今ふさがると命にかかわる…しかも同時に呼吸を不規則にする副作用もあった。

その日の夜、チケットを手配しようとするも翌日の飛行機が取れず、日本経由の明後日の朝の便が現地に一番早く着くと知らされた。この飛行機はサイパンから名古屋へ、そして成田に向かいサンディエゴへ向かう時間のかかるルート。近くの国で治療を受けるにも今から緊急ビザは難しい状況だった。生まれて2日目、この子は自分の分身、俺も一緒に闘う…そんな思いで赤ちゃんはビンセント・カストロ・ジュニアと名づけられた。

生まれて3日目、ジュニアは新生児用ケースに入れられ、飛行機に乗り込み名古屋を目指し出発した。機内でもジュニアは点滴をしたまま。血液中の酸素濃度は測定器で常にチェックされての移動だった。飛行機での移動は、気圧がさがる事で低酸素状態になりやすいなど様々なリスクがあった。すぐに容態は急変した。酸素濃度が70%あれば何とか生命は維持できる。しかし、ジュニアは60%程度の危険な状態。呼吸も安定しなかった。

ゆすり、息を吹きかけ、呼吸を戻そうとした。どうにか、危機を脱したと思われたが再び呼吸が止まる。酸素濃度は30%台に!絶体絶命の中、再び呼吸が始まった。リビングストン医師はこのままサンディエゴまでは行けないと判断、名古屋の病院でBASをする事を決意し、救急車を要請した。BASバルーンカテーテルで心臓の卵円孔を大きく広げる。ジュニアを扱うためには何とかBASの出来る病院を探す必要があった。

機長から連絡を受けた航空会社職員は各所に連絡。飛行機が名古屋空港に到着すると航空会社職員がパスポートを回収、検疫の医師たちは病状を確認した。4人は救急車で空港から30分の「あいち小児保健医療総合センター」へ移動。すぐに福見大地医師によりBASが行われ、ジュニアは危機を脱し血液中の酸素濃度も70%以上にまで持ち直した。このまま治療を日本で続ける事は手続き上、面倒な事がある。一晩、様子を見た上でと翌日、サンディエゴへ発つ事となった。しかし空港まで行くがジュニアの容態が悪化。結局、あいち小児保健医療総合センターに戻り、手術をお願いした。ジュニアの命は日本人に託された。

7月23日、生まれて5日目。母親のヒルマがサイパンから無理を押してわが子の元へと日本に到着、そして生まれて7日目の7月25日。ジュニアの容態を見て、前田医師によってついに大手術へ。

午前10時半に始まった手術は胸骨の切開を行い、心臓の大動脈と肺動脈を一度切断、循環器につなぐという大掛かりなもの。そして、午後6時。手術は無事に終了し、手術後、病状は順調に回復し、一ヶ月間の入院の後、両親と共に元気にサイパンへ帰った。

手術から1年経った今、サイパンを訪ねてみると元気なジュニアくんの姿が、そこにはありました。


完全大血管転位症とは、右室から大動脈が、左室から肺動脈が出る病気で、大動脈と肺動脈が入れ替わった関係になっています。心室中隔欠損がないものを儀拭⊃桓蔀羈峽臑擦あって肺動脈狭窄がないものを況拭⊃桓蔀羈峽臑擦版抛位狭窄があるものを祁燭箸茲咾泙后

具体的には、以下のような分類ができ、必要に応じた処置を行います。
右室から大動脈が、左室から肺動脈がでているので、そのままでは生きていけません。そのため、
1)大動脈と肺動脈の間
2)左室と右室の間
3)左房と右房の間

のいずれかに交通がないと、赤い血液が全身にまわることができません。通常は、3)左房と右房の間にもともとある穴(卵円孔)があり、ここを通って左房と右房の血液が混じりあいます。

ですが、上記ニュースのように、この穴が小さくて混じりあいが少ない場合には、BAS(Balloon Atrial Septostomy :"バス")というカテーテル治療をおこなって、左右の心房の間の交通をひろげることが必要になってきます。

最初に診断がついたらまず動脈管の開存を維持するプロスタグランディン(PGE1)の点滴投与をおこない肺への血流を維持します。さらに、心臓カテーテル検査に際しては上記ように場合によってはBASを行い、チアノ−ゼの改善を図ります。

診断が確定すれば外科治療を計画します。肺動脈狭窄がなければ、入れ替わっている大血管をもとに戻す手術、Jatene(ジャテーン)手術が第一選択になります。

Jatene手術に際しては、単に出口の血管を入れ替えるだけでなく、大動脈の根本近くから出ている冠動脈(心臓を養う血管)を移植する必要があります。
 
肺動脈狭窄を伴っていて、Jatene手術が適さないものには、Blalock-Taussig短絡術などを行い肺への血流を増やした後に、肺動脈の再建をともなうRastelli手術が行われます。

新生児への手術は、体重1.5Kg以下だと難しいとされてきましたが、今年の4月に体重が1,100g余りしかない新生男児の心臓の大動脈と肺動脈をつなぎ替える手術に成功したと、日本赤十字社医療センター(東京都渋谷区)が発表しています。

今回のニュースのように、救える命があるというのは、非常に大きな希望に感じられます。元気そうなジュニア君の姿や、お父さんの感謝に満ちた言葉によって、温かい気持ちになれました。

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