「妊娠しているみたいだ。30週目を過ぎたぐらいだと思うが、出血が止まらない」
9月上旬の日曜日、仙台市立病院に母親本人から電話があった。一度も妊娠検査を受けておらず、すでに6病院に受け入れを断られていた。同病院が診察したところ、母子ともに非常に危険な「胎盤早期剥離」の状態だった。

同病院の施設に空きがなかったため、施設が充実している県立こども病院(仙台市青葉区)に母親を転送。帝王切開手術で母子ともに一命を取り留めたが、「非常に危ない状態だった。受け入れる病院が見つからなければ、どうなっていたか分からない」と、仙台市立病院産婦人科の渡辺孝紀部長は振り返る。

飛び込み出産は、母子だけではなく病院にとってもリスクが高い。渡辺部長によると、何週目か分からない胎児は出産後の扱いが予測できず、危険な状態になっても対処しづらい。死亡率も高まる。また、妊婦なら必ず受ける感染症の検査も受けていないため、「胎児への感染も心配だが、無防備で立ち会うわれわれにとっても危険が高い」(渡辺部長)という。

仙台赤十字病院産婦人科の谷川原真吾部長が、県内の中核10病院に対してアンケート調査を行ったところ、飛び込み出産の件数はここ数年であまり変化はなかったものの、出産費用を踏み倒す例や、胎児が低体重で出てきてしまう早産の例が増加していることが分かった。

平成16年は39件中3件だった早産は、19年10月末現在では4倍の12件となった。新生児異常で生まれた例も、16年は7件だったのに対し、19年10月末現在では15件にまで増えたという。出産費の踏み倒しも、16年は約25%の9件だが、18年は20件となり半数以上を占めた。

谷川原部長は「飛び込み出産については、ここ数年で急に増えたという感覚はない」としながら、「最近は、早産や新生児異常で生まれてくる例が急増している。もしかしたら、分娩を甘く見て、検診を受けずにいる妊婦が増えているのかもしれない」と分析する。

これだけのリスクがありながら、飛び込み出産が後を絶たない背景には、母親の経済苦や危険に対する認識の低さもあるようだ。

出産前の検診費用は1回1万円弱が相場で、谷川原部長によれば出産までに十数回受けるのが理想。一方で、宮城県内の自治体の多くは2回分の費用しか助成しておらず、母親の負担は少なくない。

ただ、出産費用については「出産育児一時金」として、一律35万円が保険で支払われる。飛び込み出産で子供を産み、費用を踏み倒した上に出産育児一時金を受け取る悪質なケースもあるとみられる。一般的な医療保険と異なり、病院には保険料が支払われないため、出産費用の踏み倒しは病院にとって非常に負担が大きいという。

谷川原部長は、「病院に『生まれそうだ』といって母親が飛び込んできてから、前もって検診を受けるように注意したのでは遅い。母性を育てるのも重要なことだが、教育で検診を受けない出産の危険性を教えるなどして、すべての母親にリスクの高さを認識してもらうことが必要かもしれない」と話している。
 
突然陣痛が始まった場合など、救急車で病院に運ばれる妊婦も少なくない。仙台市泉区の泉消防署の担当者は「一度も検診を受けていないという妊婦はまれだが、それでもたまにいる。受け入れてくれる病院がとても少ないため病院が見つからず、搬送までに時間がかかってしまうことも多い」と説明する。また、受け入れ先の病院が運良く見つかっても、現場から離れた場所にある場合も多く、搬送にも時間がかかってしまうという。担当者は「病院が遠いと、搬送される妊婦にとっても大変だが、管内を長く空けなければいけない救急隊にとっても負担は少なくない」と話している。
(後絶たない「飛び込み出産」 経済苦、危険認識の甘さ原因)


治療費の不払いは、全国的に大きな問題になっています。日本病院会など、4病院団体が平成16年にまとめた調査では、加盟する5,570病院での未収金総額は年間推定373億円、3年間の累積は853億円にのぼっているそうです。低所得者の増加や、医療制度改革に伴う自己負担の拡大などが背景にあるとみられています。

特に救急と産科が多く、支払い能力があるにもかかわらず、支払いを拒むケースが多いようです。また、収入が少なく、通院費が払えずに出産間際になって病院に救急搬送される「飛び込み出産」も問題になっています。神奈川県産科婦人科医会の集計では、同県内の基幹病院(8施設)での飛び込み出産の件数は、平成15年に20件だったが、18年には44件と倍増、今年は4月までに35件を数えており、年末には100件を超えると推計されています。

こうした経済的な問題以外にも上記の通り、母子だけではなく病院にとってもリスクが高いという指摘があります。現在、産婦人科の救急患者を受け入れられる病院が減りつつある現実があります。

すでに、リスクが高い妊娠・出産を引き受ける中核施設として、全国に60カ所余り設置されている総合周産期母子医療センターの診療態勢を厚生労働省研究班が調べたところ、回答施設の約2割が、脳出血など産科以外の妊産婦の急性疾患は「受け入れ不可能」とし、態勢に不安があることが分かっています。

その背景としては、上記の通り「何週目か分からない胎児は出産後の扱いが予測できず、危険な状態になっても対処しづらい。死亡率も高まる。また、妊婦なら必ず受ける感染症の検査も受けていない」…といったことが原因としてあると思われます。母子だけではなく、病院にとってもリスクが高いということが言えると思われます。

ただでさえ、出産に関しては以下のようなリスクがともないます。
大量出血やショック症状など、死に至る可能性のあった妊産婦重症例は、死亡例の70倍以上に上ることが、厚生労働省研究班(主任研究者・中林正雄愛育病院院長)などの全国調査で明らかになっています。

この研究では、333施設から、全出産の約11%に当たる約12万4,600例について回答を得ています。このうち、妊産婦死亡は32人。2リットル以上の大量出血や子宮破裂、多臓器不全、ショック症状など、死に至る可能性のあった重症例は2,325人で、死亡例の約73倍だったそうです。

日本の妊産婦死亡率は世界で極めて低い水準にあると言われていますが、実際には250人に1人の割合で死亡リスクがあることになります。

ですが、妊娠中の検査を受けずに飛び込み出産となれば、そのリスクはより高くなると考えられます。妊娠・出産に伴う合併症としては、上記のような大量出血や子宮破裂、多臓器不全、ショック症状などがあります。とくに、妊娠高血圧症候群、前置胎盤、へその緒の巻絡、大量出血などが問題となって、リスクを伴うことが多いようです。

今後、こうした患者さんを受け入れられる施設の拡充だけでなく、経済的な公的支援が必要となると考えられます。また、意図的な医療費の踏み倒しなどでは、しっかりとした法的措置をとる、といった姿勢を見せていくことも必要になってくると思われます。

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