先月、東大医科学研究所の大講堂で「現場からの医療改革推進協議会 第2回シンポジウム」があった。第1回は1年前だったが、この協議会を企画した動機は、昨年の福島県立大野病院産婦人科医逮捕事件だったと立案者の一人、上昌広医師は言う。

プロの産婦人科医からみれば、現時点の医療技術では不可抗力の出産時における死が「医療には素人の検事」によって、業務上過失致死罪の刑事事件として起訴された。さらに証拠隠滅のおそれありと手錠までされて逮捕されたシーンは、ことに死のリスクがある症例を扱う大病院の勤務医を震撼させ、猛反発させた。これでは危険な症例を避ける医師が続出し、医療崩壊が現場から起きるとの声があがった。実際、産科病院はこの1年間に10%減少した。

公正中立な第三者機関で判断するのはどうかと、厚生労働省主導の検討会が開かれた。その第2次試案がこの10月発表されたが、最初に処罰ありきの様相に勤務医らから反対意見続出である。

この協議会では、現場から医療改革の具体的提言をすべきと、独自の医療紛争処理対案を発表し、今年のラストセッションはずばり「医療紛争処理」だった。

医師だけでは不十分だろうと、法曹界、政治家、遺族らがパネリストとして登場し、会場からも自由に発言でき、多様な意見が交換された。しかし、いろいろな意見を聞けば聞くほど、現実の重さに息苦しくなった。

会場の遺族が「対案作りには患者や遺族も参加させてほしい。それでこそ『医療事故に関する患者支援法案(仮題)』では」との意見を理路整然、堂々と述べた。成熟した患者・遺族が中心にいる、そこにこそ希望があることを再認識させ、拍手喝采だった。
(成熟した患者中心の法案を)


福島県立大野病院での一件は、大筋で以下のような流れで起こったようです。
2004年12月17日、29歳の経産婦が前置胎盤のため帝王切開で出産。その際、癒着胎盤を認めたため、執刀医である医師が癒着剥離を試みたが、大量出血を起こしたので追加輸血をおこなった。輸血終了後に血圧上昇を確認の後、子宮を摘出。しかし、止血操作中に突然心室細動となり、蘇生を試みるも最終的には救命できず、母胎死亡に至ったそうです。

2006年2月18日、業務上過失致死罪および異状死の届出義務違反(医師法違反)の疑いで担当医師が逮捕、その後起訴されてしまいました。加藤医師は関係者に「こんなに出血があるとは思わなかった。医師として最善の努力をした」などと話しているといいます。

起訴を受け、日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会は連名で「本件は癒着胎盤という治療の難度が最も高い事例。全国的な産婦人科医不足という現在の医療体制の問題点に深く根ざしており、医師個人の責任を追及するにはそぐわない」との声明を発表しています。

この一件は、以下のような問題点を含んでいます。
起訴状によると、「帝王切開の手術を執刀した際、胎盤の癒着で大量出血する可能性があり、生命の危険を未然に回避する必要があったにもかかわらず、癒着した胎盤を漫然とはがし大量出血で福島県楢葉町の女性を死亡させた」とあります。

すなわち、「大量出血は予見できたはずで、その義務がある。判断ミスだ」と検事側は断定しています。しかしながら、これを判断しているのは法曹界の方であり、医学、殊に産婦人科における医療にあかるい人が判断しているわけではありません。

そもそも癒着胎盤とは、胎盤が母体の子宮に癒着して剥離が困難となる疾患です。頻度としては、約0.01%(出産1万件に1件)であるといわれています。上記の事例のように、癒着した胎盤を用手的に剥離する際に大出血を来たし、それに続発する出血性ショックやDICにより、母体死亡の原因となります。稀ではありますが、母体死亡全体に占める癒着胎盤の割合は約3%と、比較的多いと考えられています。

診断としては、稀術前診断は不可能に近いとされています。分娩後に胎盤の遺残があり、かつ胎盤娩出促進手技を行っても剥離する兆候が見られない場合に疑われます。治療難度は高く、対応が極めて困難であるといえます。

こうした事例を考えると、果たして誰が医療事故において、過失の有無を判断できるのか、といった壁にぶち当たることになります。上記のような検事の一方的な判断では、医療従事者側からの反対がでるでしょうし、医療側によりすぎては患者さんやそのご家族サイドからの批判や不満が噴出することでしょう。

公正中立、と言うだけならば簡単ですが、それを実現するにはあまりにも複雑な現実があります。判断するのは、果たしてどういった人たちが妥当なのでしょうか。法曹界、政治家、遺族、医療従事者…こうした人たちが集まり、一つの意見に収束することができるのか、といった問題もあるでしょう。

こうした歪んだ中立性によって、不利益を被るのは現場の医療に携わる人間や患者さんたちでしょう。日本母性保護産婦人科医会は、「この様に稀で救命する可能性の低い事例で医師を逮捕するのは産科医療・殊に地域における産科医療を崩壊させかねない」と声明を発表していますが、こうした将来が現実化してしまう日がきてしまうのではないでしょうか。

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