福島市で11月、交通事故で救急搬送された女性の受け入れを各病院が拒否し、治療開始まで約1時間かかったという問題が起きた。女性は間もなく死亡。これを受け、市内の病院などでつくる協議会は同月19日、「病院は救急患者を必ず受け入れる」とする取り決めを確認した。だが、この取り決めは実際に機能しうるのか−。探ってゆくと、理念と現実の間で苦悩する救急医療現場の実情が見えてきた。

菊田ミツ子さん=当時(79)=が自宅近くの路上で車にはねられたのは、11月11日午後8時15分ごろ。駆けつけた救急隊は、菊田さんが頭を含む全身を強く打っていたことから、高度医療が可能な福島県立医大病院に収容を要請した。だが返ってきた答えは「集中治療室(ICU)などが満床で収容できない」というものだった。

救急隊は、その日の当直病院などに再三受け入れを要請したが、いずれも「専門医がいない」、「空きベッドがない」などの理由で拒否。結局、市内4病院に計8回受け入れを拒否され、最終的に別の病院に搬送したときには、事故から約1時間が経過していた。

この事態を受けた福島市と市内10病院、市医師会などでつくる「市救急医療病院群輪番制運営協議会」は同月19日、「救急隊が搬送先に選んだ病院は、患者の容体や救急治療室の状況にかかわらず必ず受け入れる」とする取り決めを確認した。一度受け入れた後で治療が困難だと判断した場合は、県立医大病院に搬送することも確認された。しかし、救急医療の現場では、この取り決めの実効性について疑問の声が上がっている。

市内のある病院の担当者は、「医師も治療設備も物理的な限界がある。満足な治療ができないと分かっているのに受け入れて、本当に患者のためになるのか。仮に死亡させた場合、誰がどう責任を取ればいいのか」と危惧する。

今年4月、平成15年に急性心筋梗塞で加古川市民病院(兵庫県)に救急搬送され死亡した男性=当時(64)=の遺族が、「満足な治療設備がないのに受け入れ、専門病院への転送が遅れた」として同病院側に3900万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、神戸地裁は遺族側の訴えを全面的に認めた(判決確定)。こうした司法判断の存在も、病院側の危惧を増大させる一因のようだ。

一方、県立医大病院の担当者も「当院もすべての患者を収容できるわけではない。各病院で対応できるものは対応してもらいたい」と話し、取り決めにより、いったん患者を受け入れた病院が安易に同病院に再搬送してくることを心配している。

今回の問題について、昭和大学(東京)の有賀徹・医学部救急医学科教授は「地方の医療体制に根本的な原因がある」と指摘する。

有賀教授は「東京など都市部には病院が数多くあり、仮にある病院が受け入れを拒否しても、ほかの受け入れ先が見つかる。しかし病院・医師数とも少ない地方での受け入れ拒否は、患者に死を突きつけるのと同じこと」と話す。解決策として、「たとえば各病院の当番回数を、週1回から2回にするなどすればいい」と提案する。

「しかしそうすると、医師への負担は大きくなる。地方での勤務を嫌がる医師や、病院を辞める医師も出てくるだろう」とも。問題は相当、根深そうだ。

今回の取り決めを受けた福島市内のある病院の担当者も、「これまで2人だった当直体制を2.5人にするなどしたが、医師に大きなストレスが掛かるのは間違いない。できるところまでがんばるしかない」と悲壮な口ぶりで話した。うまく機能して多くの命を救えるのか、それとも破綻するのか。評価はもう少し先になりそうだ。
(救急受け入れ 理想と現実)


福島市は、市内の第2次救急医療機関(診療所などで扱えないような、病気、入院、手術が必要な患者に対応する医療機関)である10病院で病院群を作り、持ち回りで当直当番を決めているそうです。いわゆる「救急医療病院群輪番制」です。休日や夜間でも入院を必要とする救急患者らへの治療を確保するため、こうしたシステム作りを進めているそうです。

さらに、第2次救急医療機関だけでは限界がくる可能性があり、第3次機関(最先端、高度な技術を提供する特殊な医療を行う医療圏)である県立医大病院に来年1月、救急救命センターを設置し、集中治療室などを充実させることが決定しているそうです。

この問題の背景として、厚労省は「重症とはいえない患者が救急医療で大きな病院にかかるケースが増え、勤務医の負担となっている」と分析しています。そうした患者さんに対応するため、本当に重篤な患者さんを看ることができない、という問題があります。

ですが、さらに言えば「休日や夜間に近くの開業医が閉まっていて受診できず、やむを得ずに大病院に駆け込んでいる」という要因もあります。そこで、大病院への集中を是正するには、開業医の初期救急医療体制を充実させる必要があると判断し、開業医に夜間の診療時間を延長してもらうため、時間外診療の報酬を手厚くする方針も考えられていました。初・再診料は下げ、夜間や休日に診療を行わなければ、高収入が得られない体系に改めようとしたわけです。

ところが、結局の所、厚労関係議員や関係団体などによる開業医報酬引き下げに対する強い抵抗のため、「開業医の診療報酬は下げず、勤務医の待遇改善は特別枠で」という形になるようです。業医−勤務医の格差是正や医療改革という目標とは、ほど遠い形になっています。

上記では、地方の救急医療体制について心配がある、と考察していますが、一方で都市圏でも以下のように、もはや現状のシステムでは立ち行かない現実があります。
救急搬送の件数は年々増え続けており、東京消防庁によると、都内だけでも救急車の出動件数は、1995年の44万8,450件から、2005年には69万9971件となっています。

この背景としては、最近、軽傷であっても救急外来に運ばれてくる人や、救急車をタクシー代わりにしてしまうような人が出ているなど、緊急性の低い人が使用していることが背景にあるといわれています。

そのため救急車の到着が遅れ、なおかつ、そういった患者さんに対応するため、本当に緊急性の高い上記のような人を受け入れることが出来ない、といったことが起こっていると考えられます。

東京都は「救急搬送トリアージ」という以下のようなシステムを取り入れています。救急搬送トリアージは、救急車の出動件数の増加に伴い、重傷者の搬送を優先し、「けがや病気の緊急性に応じて救急車による搬送が必要か判断する制度」のことです。

救急隊員が現場で患者らから症状を聞き、年齢や呼吸、意識などをチェックし、緊急性が低いと判断した場合、患者らの同意を得て民間搬送業者などを紹介します。現在は、"仮運用"中で、来年3月まで試行した後、本格運用されます。

また、救急車が必要なケースかどうかを助言する「救急相談センター(電話番号#7119)」も同時に開設し、救急車を呼ぶかどうかの判断がつかない場合に相談する窓口も置かれたそうです。

他にも、奈良県橿原市の妊婦が救急搬送先が決まらず死産した問題を受け、大阪府は夜間の妊婦搬送依頼に備え、妊婦の症状や空床状況をもとに病院を選び、受け入れの依頼などを行う「コーディネート業務」の専任医師制度を、全国で初めて導入すると発表しています。

専任医師は9人。午後8時から翌日午前8時までの当直時間中、このうち1人が業務にあたります。同課は「これまでは、手術中の当直医師が、看護師に受話器を耳に押し当ててもらいながら搬送病院を選んでいたこともあった。専任医師を置くことで、迅速でより適切な対応ができるようになる」と話しているそうです。

こうしたシステムの再編や業務負担を減らすことを考えなければ、本当に医療の破綻を迎えてしまうように思います。今後も、単に「医師不足だ」と嘆いたり、「当直の増員ありき」といった考えではなく、医療サービスや医療体系のありかたを再考すべきであると思われます。

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