ナレーターとして活躍する女性が、脳梗塞に倒れ、“命”ともいえる言葉を一時は失いながら、奇跡ともいえるカムバックを果たした。沼尾ひろ子さん、43歳。発症からわずか3カ月弱でナレーションの現場に戻った沼尾さんが、復帰までのすべてを綴った書き下ろし本「奇跡〜失くした言葉が取り戻せた!」(講談社刊)を24日に発売する。

沼尾さんが異変を感じたのは2006年6月末。強烈な頭痛と全身疲労を感じ続けて1週間。ついに吐き気まで伴い、病院に駆け込んだ。直後に別の病院でのMRI検査。右の脳に小さな白い影が映り、くも膜下出血の疑いもあることから即入院した。2、3日後に、意識を失った。「お医者さんに家族が呼ばれて、『2、3日がヤマ』とも言われた」という。
 
一命は取り留めたが、告げられた病名は「脳梗塞」だった。検査で言語中枢をつかさどる左脳に8センチ程の脳梗塞層が見つかり「以前と同じこと(仕事)ができるかどうか」と通告された。比較的軽度の失語症だったが、しゃべりを生業にしてきた沼尾さんは、自分に絶望し「何度も死のうと思った」と言う。
 
仕事の関係者にも病名を告げず、見舞いも断った。9月まで入院を勧める担当医を説き伏せて8月初めに退院。栃木県宇都宮市の実家に戻った。仕事復帰をあきらめかけていた自分を後押ししてくれたのが、夫Yさん(40)だった。
 
「『君は本当は何がやりたいの?周りのことは気にせず、やりたいことをやりなさい』と。その一言で、音読や速読、ナレーターとして仕事に戻る練習を始めたんです」。8月末のMRI検査では“奇跡”が起こった。脳梗塞層がきれいに消えていたのだ。「99%あり得ない、と。お医者さんは、脳梗塞発症前にたまたま入院し、完ぺきに脳細胞が死ぬ前の瀕死の状態で救ったのがよかったのかも、と」。
 
同年10月には100%の状態でレギュラー番組のTBS系「2時っチャオ!」の仕事に復帰した。そして「後遺症に苦しむ人に頑張らない勇気と前に進む勇気を持ってもらいたい。後遺症による精神的ダメージはものすごくつらいんです。私がどう自分と病と闘い乗り越えてきたかを知ってほしい」とすべてを公表することを決めた。
 
沼尾さんは今、沖縄で大好きなロードツーリングの旅に出ている。
(“声を失くした”ナレーター奇跡の復活)


脳梗塞は、 脳を栄養する動脈の閉塞、または狭窄のため、脳虚血を来たし、脳組織が酸素、または栄養の不足のため壊死、または壊死に近い状態になることをいいます。日本人の死亡原因の中でも多くを占めている高頻度な疾患である上、後遺症を残して介護が必要となることが多く福祉の面でも大きな課題を伴う疾患です。

脳梗塞は、壊死した領域の巣症状(その領域の脳機能が失われたことによる症状)で発症するため症例によって多彩な症状を示します。代表的な症状としては、麻痺(運動障害)、感覚障害、失調(小脳または脳幹の梗塞で出現し、巧緻運動や歩行、発話、平衡感覚の障害が出現)、意識障害(脳幹の覚醒系が障害や広汎な大脳障害で出現)がおこることもあります。

脳梗塞で言葉が不自由になる場合は、
1)構音障害
喉頭・咽頭・舌の運動にも麻痺や感覚障害(延髄、小脳の障害)が及ぶことで、嚥下や発声機能にも障害が出現します。構音障害は失語とは違い、脳の言語処理機能は保たれながらも発声段階での障害のためにコミュニケーションが不十分となっているものです。
2)失語
優位半球の障害でみられる、高次機能障害で起こってきます。運動性失語(ブローカ失語、非流暢性失語)、感覚性失語(ウェルニッケ失語、流暢性失語)、混合性失語、全失語に分けられます。


他にも、以下のような症状を呈することもあります。
脳梗塞では、片麻痺といって、半身の一方に麻痺をきたしてしまいます。運動の障害を意味し、もっとも頻度の高い症状が麻痺です。中大脳動脈の閉塞によって前頭葉の運動中枢が壊死するか、脳幹の梗塞で錐体路が壊死するかで発症することが多いようです。

多くの場合は、片方の上肢・下肢・顔面が脱力または筋力低下におちいる片麻痺の形です。ただ、脳幹梗塞では顔面と四肢で麻痺側が異なる交代性麻痺を来すこともあります。また、意識障害が起こることもあり、脳塞栓症ではこのように一気に意識を消失するようなことが起こります。一方、脳血栓では症状が数日かけてゆっくり出現することが多いようです。

沼尾さんの場合、強烈な頭痛を感じられたとのことです。このようなまるで「突然、バットで殴られたような痛み」を感じるのは、クモ膜下出血に特徴的です。クモ膜下出血の患者の多くは、「動脈瘤」という動脈の変形を先天的に脳の内部にもっています。最近、芸人の光浦靖子さんがこの脳動脈瘤のクリッピング手術を受けられていました。

その動脈瘤が破れて(破裂して)、出血するのがクモ膜下出血です。クモ膜下出血は比較的若い、40代〜50代の人に多いと言われています。クモ膜下出血後、ウイリス動脈輪を中心とした脳底部主幹動脈に脳血管攣縮が起こることがあります。脳血管攣縮が生じると、たとえ血管径が元に戻っても、脳梗塞に移行することも少なくないと言われています。そのため、急性期の治療の一環として、脳血管攣縮の診断が重要であるといわれています。

診断としては、脳梗塞が疑われる場合、病変の起きた部位を確認するために、CT、MRI、脳血管撮影などの検査を行います。とくに、心源性脳梗塞症の場合は、心房細動が原因となるのでホルター心電図(24時間心電図)をとって調べます。ヘマトクリット、電解質、血圧、体温などの血液学的、理学的所見も脳血管攣縮の病態把握に有用と言われています。

治療法としては、急性期には抗血栓療法、脳保護療法、抗脳浮腫療法があります。抗血栓療法には、血小板の働きを抑えて血栓ができるのを防止する抗血小板療法とフィブリンができるのを防止する抗凝固療法があります。

近年、組織プラスミノーゲンアクチベータ(tPA)という血栓溶解剤を用いた血栓溶解療法が欧米では実施され、わが国でも2005年10月より健康保険に導入されました。脳保護療法には活性酸素の働きを防止するエダラボンという薬剤を発症後24時間以内に使用すると後遺症が軽減されます。
 
脳梗塞を起こした部位が1〜2日するとむくみが起こるので、抗脳浮腫療法により脳浮腫の原因となる水分を取り除きます。脳梗塞になって3時間以内の場合は血栓や塞栓を溶かす薬を使って治療します。薬が効いた場合には詰まった脳動脈が再度開通し、血流が流れます。脳循環の改善薬や血栓・塞栓を予防する薬を使います。発症時にカテーテルを使い血管の血流を再開通させることも可能です。頚動脈の血栓内膜剥離術とバイパス手術により脳血流を改善させる手術も行います。

また、回復期にはリハビリが行われ、日常動作をできるだけ回復させたり、残された機能を最大限に引き上げて、家庭復帰や職場復帰をさせるために行います。

見事、復帰なされたとのことで、なによりです。クモ膜下出血は、若い人でも起こる可能性があります。突然の強い頭痛などを感じられたら、是非とも神経内科などへ行かれることが望まれます。

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