「救急医療は破綻寸前」−。産経新聞が大阪府内の自治体消防や救命救急センターに行ったアンケート調査。返信された用紙には医師や救急隊員の悲痛な叫び声があふれていた。回答を分析すると、問題の背景には救急医療現場に携わる人々の「心身疲労」▽搬送される頻度の高い「2次救急病院の減少」▽縄張り意識ととられかねない「医療の細分化」−の主に3つの要因が浮かび上がる。

「心身の疲労」については、回答があった府内11の救命救急センターすべてが挙げていた。大阪市総合医療センターは、「月7〜8回の当直。翌日も夕方まで」、三島救命救急センターは「看護師の希望者が減少し、退職者が増加した」と劣悪な勤務状況を訴える。

背景には、根本的な医師や看護師不足に加え、救急出動件数そのものが増えているという事情がある。大阪府によると、府内の平成18年の出動件数は49万8526件。14年からの4年間で約7万件増加しており、その数は右肩上がりだ。

中河内救命救急センターは「理想では現在の2倍の医師が必要」。急性期・総合医療センターは「複数回拒否された事例を受けざるをえない場合が多く、業務に負荷がかかっている」としており、各施設で受け入れ拒否が日常化している様子が伺える。

近大医学部附属病院救命救急センターでは搬送される人員の中で、本来なら2次病院に向かうべき患者の占める割合が約20%。さらに「治療後に医師が2次病院の転院先を探してもなかなか見つからない」としており、3次病院の慢性的な満床にもつながっている。

大阪府医師会の調査では14年に府内に288件あった2次病院は18年末には265件に減。医師不足や補助金の削減など要因は複合的だが、そのしわ寄せが“最後のとりで”である3次救急に及んでいる。

また、関西医大附属滝井病院高度救命救急センターでは16年春の研修医制度改革に疑問を呈し、「研修が義務化されて以降、外へ出た人が医局に戻らなくなった。勤務実態を見て若い人が尻込みしてしまうのではないか」。

泉州救命救急センターでは「13年間、若いスタッフの増員はない」という。

患者側のモラル低下やマスコミ報道による悪影響の例も多く寄せられた。「治療を受けて当たり前という態度の患者が目立つ」「受け入れ拒否がセンセーショナルに報じられすぎる」「医療のコンビニ化を避けるキャンペーンがほしい」…。

いずれも救命医らの本音だろうが、患者を搬送する救急隊側からは医療の細分化による“縄張り意識”を指摘する声も多い。「同じ内科でも腹部、胸部など対応する医師が違い、さらに病院確保が難しくなった」(河南町)。「医師の専門意識が強くなり、医療機関のリスクマネジメントが強くなっている」(八尾市)。

ある救命医は「専門医資格を持っていない分野に手を出して、何かあればどうするのか、訴えられるぞ、という考え方が今の医師が持っていることは確か。医師が萎縮している面もある」との声を寄せていた。
(大阪府の救急医療は破綻寸前 問題の背景とは)


大阪府富田林市では、2007年12月25日未明、体調不良を訴えて救急搬送された女性(89)が、近隣の30もの病院に相次いで受け入れを断られ、約2時間後に市外の病院に運ばれたが死亡していた件がありました。各病院は当直医が手術中や専門外などを理由に断ったとされています。

今年に入っても、大阪府東大阪市で交通事故に遭った男性が、府内の5つの救命救急センターで「満床」や「治療中」などを理由に搬送受け入れを断られていたことが判明しました。男性は事故から約1時間後に、現場から約15Km離れた同府吹田市の千里救命救急センターに運ばれましたが、死亡しています。男性が断られた5施設は、いずれも生命の危険に瀕した人が運ばれる3次救急医療機関で、最終的な受け入れ先にまで断られてしまった、という形になっています。

大阪市消防局の平成18年の1年間の救急搬送に関することで集計された結果、20以上の病院で受け入れを断られたケースが救急出動の計20万5,036件中、104件あったことが、分かったそうです。

こうした救急医療の提供を、維持することが難しくなった背景としては、上記のアンケートから
1)医師や看護師などの医療スタッフの人員不足
2)救急出動件数そのものの増加
3)救急医療用のベッド数の確保ができない
4)患者側のモラル低下(安易な救急搬送要請により、本当に重篤な患者さんに医療を提供できない)
5)マスコミ報道による悪影響(医療スタッフのモチベーションを下げることになる)

…などの回答があったようです。これらは全国的にも言われていることで、特に医師の絶対数の不足や、病院での必要医師数の不足、地域偏在による不足、診療科に属する医師の需給不均衡による不足などが大きな割合を占めているようです。

他にも、療養病床の入院患者の中には、病気治療という医学的必要性からではなく、介護をしてくれる家族や老人保健施設などの受け入れ先がないとの理由で、入院(社会的入院)を続けるケースも多いことが問題としてしてきされていることです。結果、病院によってはほとんどのベッドが常に使用されている状態であり、そのために新たに患者さんを受け入れることが難しいということになってしまっているようです。

こうした状況を変えようと、救急医療のあり方を見直す動きが、以下のようにあります。
東京都は「救急搬送トリアージ」という以下のようなシステムを取り入れています。救急搬送トリアージは、救急車の出動件数の増加に伴い、重傷者の搬送を優先し、「けがや病気の緊急性に応じて救急車による搬送が必要か判断する制度」のことです。

救急隊員が現場で患者らから症状を聞き、年齢や呼吸、意識などをチェックし、緊急性が低いと判断した場合、患者らの同意を得て民間搬送業者などを紹介します。現在は、"仮運用"中で、来年3月まで試行した後、本格運用されます。

また、救急車が必要なケースかどうかを助言する「救急相談センター(電話番号#7119)」も同時に開設し、救急車を呼ぶかどうかの判断がつかない場合に相談する窓口も置かれたそうです。

他にも、奈良県橿原市の妊婦が救急搬送先が決まらず死産した問題を受け、大阪府は夜間の妊婦搬送依頼に備え、妊婦の症状や空床状況をもとに病院を選び、受け入れの依頼などを行う「コーディネート業務」の専任医師制度を、全国で初めて導入すると発表しています。

専任医師は9人。午後8時から翌日午前8時までの当直時間中、このうち1人が業務にあたります。同課は「これまでは、手術中の当直医師が、看護師に受話器を耳に押し当ててもらいながら搬送病院を選んでいたこともあった。専任医師を置くことで、迅速でより適切な対応ができるようになる」と話しているそうです。

さらに、福島県福島市では乗用車にはねられた女性の搬送先の病院が約1時間決まらず、約6時間後に死亡した事例がありました。このことを受け、福島市や消防、市内の病院などでつくる「福島市救急医療病院群輪番制運営協議会」は、臨時の総会を開き、消防から救急患者の受け入れを打診された病院は、原則として拒否しないことを決定しています。

「各病院の医師は、満床だからと受け入れを断ることなく、まず患者を診るべきだ」という原則に立ち、受け入れた後の対応については、満床などのためそのまま治療することが困難な場合、病院間で調整し、より高度な医療ができる病院に移送すること、としています。

現在は何とか持ちこたえている地域もあると思われますが、将来的には大阪府のように、問題が生じてくる可能性もあるでしょう。やはり地域の救急医療システムの再編など、今後は大きな見直しが必要になってくると思われます。

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