全身動脈硬化に冒され、わらにもすがる思いで、東京慈恵会医科大学病院の大木隆生先生の元にやってきたF・Jさん(75)。彼女の血管は、右大腿動脈80%、左腎動脈85%、そして右の頸動脈に至っては、なんと95%がプラークで狭くなっていました。

F・Jさんは、昨年夏、まずは大腿動脈と腎動脈の血管を広げる手術を受け、無事成功。体力が回復するのを待って、今回、最後の難関、頸動脈の手術を受けることになったのです。

通常、頸動脈狭窄症の治療には「内膜剥離術」という外科手術が行われますが、F・Jさんの場合、狭窄を起こした箇所があごの骨の下にある為、通常の外科手術では困難と判断されました。そこで大木先生が選んだ手術法が、「ステント留置術」という治療法でした。

頸動脈狭窄症とは、その名の通り内頸動脈が狭くなることで、脳虚血症状などを起こす疾患です。片目が見えにくい(一過性黒内障)、片方の手足がしびれているなどといった脳梗塞の症状が認められます。

頚動脈狭窄が50%以下なら、高脂血症薬や抗血小板薬の投与などで内科的治療します。50%以上で、上記のような症状を呈していたり、無症状でも80%以上詰まっている場合は、治療を検討します。

外科手術としては、頸動脈内膜剥離術がありますが、上記の理由で難しく、「頸動脈ステント留置術」を行うことになったようです。

「頸動脈ステント留置術」とは、通常は局所麻酔下に、大腿動脈から総頸動脈に誘導留置したガイドワイヤー(血管内にカテーテルを挿入する際に用いられる弾性に富んだ鋼線)を介して、狭窄部の血管をバルーンで拡張し、ステントを留置するという血管内治療の一つです。簡単にいってしまえば、血管がこれ以上狭くならないように、血管を介して、金型の支えを入れておく、というものです。

具体的には、まず皮膚に近くて最も太い動脈である太ももの動脈(大腿動脈)から、道しるべとなるワイヤー(ガイドワイヤー)を入れます。次に、そのワイヤーを辿って、まだ閉じた状態のステントを血管内に挿入します。そして、頸動脈が狭窄してしまっている箇所でステントを広げ、血管を押し広げます。

ですが、この治療の問題点として、プラークが飛び散って、脳梗塞を起こしてしまう可能性があります。それを防ぐため、「塞栓防止フィルター」とよばれるものが開発されました。

「塞栓防止フィルター」とは、ステントの先にとりつけられ、もしもプラークが飛び散っても、これで受け止めるという、傘のような形状をしているものです。国内では2007年09月27日に認可がおりたばかりとのことです。

具体的な手術の模様は、以下のような経過で行われました。
2007年11月26日午前10時04分、手術が開始されました。40分後、手術は最大の難関に差し掛かっていました。95%という高度の狭窄のため、なかなかガイドワイヤーが先に進みません。

ようやく通ることに成功し、フィルター部分も狭窄部を通過しました。そしてステントを挿入し、無事ステントは完全に開きました。すかさず担当医が異常がないか問診し、脳梗塞の症状が見受けられないことを確認しました。

造影剤を入れ、血流を確認。開始から1時間10分、手術は無事成功しました。念のためフィルターの中身を確認すると、小さなプラークがいくつも網にひっかかっていることが分かりました。

費用は保険適応があり、約10万円とのことです。高度狭窄(症候性病変で70%以上、無症候性病変で80%以上)に対しては、治療後の脳梗塞発症が軽減されることが北米欧州で行われた大規模臨床試験で証明されているそうです。また、その後の分析で中等度狭窄(症候性50%以上,無症候性60%以上)でも有効性が証明されています。

脳梗塞で倒れてしまう、といったことがないよう、出来る限り治療を受けたほうがいいと思われます。担当医の先生と十分相談の上、治療を受けられることが望まれます。

【関連記事】
本当は怖い家庭の医学 症例集

本当は怖い目の見えにくさ−脳梗塞