以下は、世界仰天ニュースで取り上げられていた内容です。

1996年01月、アメリカ コネチカット州で父・ジェイソンと母・リズの元に、二人目の子供であるアレキサンドラ(愛称:アレックス)が誕生した。3,200gの女の子だった。元気に過ごし、何事もなく成長していくと思われた。

だが、1歳を迎えた頃、よく熱を出して夜泣きをした。大きかった体も、標準以下になってしまった。病院に行ったところ、「何も問題ない」と診断された。だが、状態は悪化し、一向によくならなかった。

もう一つ心配なことがあった。兄・パトリックは1歳のころは元気にハイハイをしていた。だが、アレックスはハイハイもせず、母親の元から離れようとはしなかった。母であるリズは、『まったく体が成長していない』と気にしていた。成長が止まってしまったのか…アレックスを心配し、再び病院で診察を受けた。精密検査が行われ、神経芽細胞腫と診断された。

神経芽細胞腫とは、小児ガンの一種であり、神経に育つ神経芽細胞が異常増殖してできるガン。尿検査で早期発見されるが、アメリカではほとんど行われないため、かなり進行してから発見されることが多い。アレックスの腫瘍はかなり大きく、脊髄への転移もあった。

すぐに手術することになり、腫瘍が取り除かれた。16時間にも及ぶ手術が行われ、摘出手術は無事成功した。ただ、脊髄への転移があり、そのせいで足に障害が起こる可能性がある、と担当医は話した。だが、歩行器を使わなくても歩けるようになった。このまま癌も治癒するのではないか、そう両親は思った。

ところが一年後、再発したことを医師に告げられた。再び腫瘍摘出手術が行われたが、それから化学療法を行う必要があった。抗癌剤の投与が行われ、アレックスは食欲も落ち、元気がなくなった。髪の毛も抜け落ちてしまった。

ただ、抗癌剤の効果はみられ、癌の進行は抑えられた。それから入退院を繰り返し、2000年1月、アレックスは4歳になった。アレックスがいれば笑いが絶えない、病院の小さなアイドルとなっていた。入院する中で友達も出来た。同じ小児ガンで戦う女の子だった。互いに励まし合う、仲間だった。

体調がよくなったアレックスは一時退院が許された。「いま、世界中で癌の研究をしている人たちがいるって、先生が言ってた。二人で、癌をやっつけようね」そういって二人は別れた。

病院での検査の日、友達の元へ向かったアレックス。だが、「友達は天国へ行ってしまった…」そう伝えられた。人の死を、4歳なりに理解したようだ。「ママ…私も、死んじゃうの?」その質問に、母親は何も答えることが出来なかった。

そんな中、アレックスはテレビでレモネード・スタンドを開く同年代の子供を観た。それは、レモネードを売ることで、労働の意味を知る、という意味を持つ活動だった。そのことを知ったアレックスは、「ママ、わたしもレモネード・スタンドをやりたい。お金を病院に上げるの。癌のお薬ができるように。みんなを助けるんだ。約束したんだもん」と母親に提案した。

さっそく家族総出でレモネード・スタンドを開いた。アレックスの病状を知る近所の人たち、そしてアレックスのことを知った遠くに住む人たちなど、多くの人たちが行列を作ってレモネードを買っていった。2,000ドル(24万円)分ものお金が集まり、病院に寄付された。

「来年もやりたい!」アレックスは元気にそう言った。そのことが生きる目標となり、苦い薬も飲むようになった。治療や検査にも積極的に取り組んだ。だが、病状は悪化し、2001年03月、フィラデルフィアの病院へ転院することになった。放射線治療などを行った。

5歳になり、「今年もレモネード・スタンドをやりたいの」と母親に頼んだ。6月に、前回よりも大きなレモネード・スタンドを開いた。どんなに疲れていても笑顔で店にたち続けた。そして、多くの人たちが応援に駆けつけた。噂を聞いたアメリカの各地から、募金が送られるようになり、『アレックスのレモネード基金』としてまとめられるようになった。

アレックスは日増しに元気になっていくようだった。外出できるようになり、友達も多くなった。そして、今度は「アメリカ中にスタンドを開きたい」と言い出すようになった。それは、癌治療のための基金を集める、レモネード・スタンドを開きたい、と願ってのことだった。

だが、病院での検査で、再び頸部に新たな腫瘍がみつかった。また強い抗癌剤を使用することになった。その治療の中でも、「またレモネード・スタンドを開きたい」と言ってつらい副作用に耐えた。その後、入退院を繰り返した。

入退院を繰り返す中で、「わたし、もう病院にいきたくない。いつになったらよくなるの?薬を飲むのはいや。苦しいのはいやなの」と弱音もみえるようになった。6歳になるアレックスは、自分の死が近いことをわかり始めているようだった。

母親も「アレックス…もう、病院にいかなくてもいい。大丈夫よ。ママがずっとそばにいてあげる」と、アレックスの好きなようにさせようと思った。だが、先に天国へと旅だった親友のことを思い、アレックスは「あの子の分も、しっかり生きなくては」そう思って、治療を続けた。

2002年06月、医師には反対されたが、レモネード・スタンドをその年もオープンした。無理がたたったのか、アレックスはその後、緊急入院で何日も動けない日々が続いた。

アレックスの活動に感銘を受け、アメリカ各地で同様の活動が行われるようになった。全米50州でのオープンも間近だった。「みんなを助けたい」そのアレックスの願いが、広まっていった。

だが、病状は悪化した。腫瘍が全身へ転移してしまった。2004年06月12日、アレックスは起き上がれなくなってしまった。それでも「絶対に行くから」そう言って再びレモネードスタンドを開いた。この年、とうとうアメリカ50州全てでオープンすることになった。アレックスの夢は、叶った。「わたしのように、癌で苦しく子供たちを救いたい…」小さな少女の思いは、次第に多くの人たちを動かすことになった。

「人生が酸っぱいレモンをくれるなら、それで甘いレモネードを作ればいい」…この言葉を、アレックスは好きだったのだという。2004年07月の終わり、アレックスは「治療を止めて、家に帰りたい」と願った。大好きな家族と、住み慣れた家で暮らすことを選んだ。

2004年08月01日、家族の見守る中、アレックスは永眠した。アレックスのレモネードスタンドは、現在でも1,000ヶ所以上存在する。8歳という短すぎる生涯の中で、彼女の残した思いは、今でも受け継がれている。


神経芽細胞腫(神経芽腫)とは、神経堤細胞の分化成熟の異常により副腎髄質、交感神経節に発生します(約65%が副腎髄質から発生しそのほか、後縦隔、後腹膜などにみられる)。

小児では白血病に次いで多く(固形腫瘍ではトップ)、発生頻度は10万人当たり1例程度ですが、3ヶ月未満の新生児の剖検例では200〜1,000例に1例と高頻度に認め、半数は2歳までに発症します(1歳までが25%、2歳までが40%であり、10歳までに90%を超える)。男児にやや多く発生します。

初発症状は、腫瘍の発生部位、播種の程度や患者さんの年齢によって異なります。多くは上腹部に発生し、硬く表面不整で無痛性の腹部腫瘤として認められます。肝転移した場合、肝腫大を認め、腫瘍内出血がしばしばみられ、このため貧血を呈することも多いです。

アレックスのように脊髄などに骨転移が起こると、骨痛や腫瘤、また皮膚の結節を認め、骨髄浸潤により汎血球減少を呈することがあります。頭蓋骨に転移すると、眼球突出、眼瞼周辺の出血斑などがみられます。頭痛や嘔吐などの頭蓋内圧亢進症状を呈することもあります。

そのほか、体重減少や食欲不振、腹痛、下痢、また進行性の場合は発熱や全身衰弱も多く認められます。頸部腫瘤による嚥下障害や呼吸困難、ホルネル症候群(顔面の発汗、瞼の下垂、神経損傷のある側の瞳孔縮小などがみられる)、などの圧迫症状や、また脊髄圧迫症状がみられることもあります。

必要な検査や治療としては、以下のようなものがあります。
検査としては、尿中カテコールアミンと、その代謝産物の上昇が最も重要な所見です。

通常、尿中ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、ノルメタネフリンとVMA、HVAを測定します。約90%の症例で、これらの増加が認められます。そのほか、血中NSE(neuron-specific enolase)やCEAの上昇を認めることも多いです。こうして検査は、治療の経過をみるうえでも有用です。

腫瘍がどこにあるといった局在診断には、CTスキャン、MRI、131I-MIBGシンチグラフィ、67Gaシンチグラフィなどが用いられます。組織所見は、診断とともに悪性度の判定に重要で、骨髄穿刺では50〜80%に腫瘍細胞が証明されます。

ステージ分類としては、
stage I
腫瘍が原発巣に限局しているもの
stage II
腫瘍が局所浸潤や局所リンパ節転移を伴なうも正中線を越えないもの
stage III
腫瘍が正中線を越えて浸潤あるいはリンパ節転移を行なうもの
stage IV
骨や遠隔リンパ節に遠隔転移をなすもの
stage IVs
1歳未満で腫瘍はステージ1か2aまたは2bでありながら皮膚、肝臓または骨髄に転移のあるもの

と分けられる。
1歳未満の病期機き供き掘きsは良好で、1歳以上の病期掘き犬鷲堽匹任后

治療としては、腫瘍が限局している場合は、外科的摘除が第1選択です。外科的摘除が困難な症例や、すでに遠隔転移・播種を呈している場合は、放射線療法の併用とともに、化学療法が治療の主体となります。ビンクリスチン、シクロホスファミド、ドキソルビシン、副腎皮質ステロイドなどを組み合わせた多剤併用療法が試みられ、有効性が示されています。骨髄移植が行われることもあります。

予後としては、1歳までに診断された場合は長期生存率は良好で、2年生存率は80%を超えますが、診断時1歳以上の場合は予後が悪く、特にStageIIIでは2年生存率は50%、遠隔転移を伴うStageIVでは10〜20%程度となってしまいます。

自分自身も苦しくつらい思いをしているにも関わらず、「癌で苦しんでいる子供たちを救いたい」と行動するアレックスの思いは、非常に大きなムーブメントとなっていきました。苦しんでいる誰かのために、行動できることの尊さを改めて考えさせられました。

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