抗がん剤治療について、帝京大腫瘍内科講師の高野利実さんに聞きました。

――新たな抗がん剤が次々に登場し、がん治療は格段に進歩しているように言われています。薬の効果はどれくらいですか。
「まず、乳がんや大腸がんなどの手術後に、抗がん剤を使うと生存率が上がることは証明されています。これらは、がんの治癒に役立っていると言えます。しかし、再発や転移で手術できない進行がんの場合、抗がん剤で症状が緩和されたり、いくらか延命したりする場合はありますが、白血病などを除くと、がんを治せる薬はありません。薬で数か月間、延命できただけでも、専門家の間では『画期的な進歩』と評価されますが、治癒を望む患者には、ささいなことと思われるかもしれません」


――「もう治療法がありません」と言われ、治療を受けられない「がん難民」が問題になっています。
「『ほかに薬があるのに、なぜ使ってくれないのか』という患者もいます。しかし、使える薬があることと、それを使った方がよいかどうかは別です。抗がん剤を使っても必ず恩恵があるわけではなく、それでいて副作用は必ずあります。副作用でつらい思いをする以上に大きい恩恵が期待できるかどうか、慎重に考える必要があります」


――「がん難民」問題は、なぜ起きたのでしょう。
「抗がん剤がなかった時代は、がん難民もいませんでした。しかし、抗がん剤が登場しても、進行したがんを治せない状況は変わっていません。抗がん剤への過大な期待が、がん難民を生み出しています。『治療を提供すれば、がん難民を救える』とか『治療しないのは、闘病をあきらめることだ』と考えるのは間違いだと思います。ただ、『もう治療法はありません』と見放した言い方は適切でなく、症状を和らげる緩和ケアなどで、患者を支える姿勢が大切です」


――抗がん剤治療は、どう活用できますか。
「まず、何のための治療かを考えることが大切です。『1日でも長生きしたい』『残りの時間をできるだけ穏やかな状態で過ごしたい』などです。抗がん剤は適切に使えば、延命効果だけでなく、症状緩和にも有効ですが、時には期待に反する結果をもたらすこともあります。目標に照らし、どの治療をすべきか、むしろしない方がよいのか、判断する必要があります」


――患者の考え方が大切ということですね。
「はい。私が緩和ケアを行っている肺がん患者に、60歳代の女性歌手がいます。彼女は別の病院で、延命効果の期待できる抗がん剤治療を勧められましたが、髪が抜ける副作用が強く、断りました。黒髪は彼女の大切な個性の一部だからです。治療を選ぶ際は、効果だけでなく、患者の生き方や価値観も考え、納得できるまで話し合うことが重要です」

([Q&A]患者の価値観を尊重)


抗癌薬を用いた癌治療の特色としては、手術、放射線療法などの局所治療とは異なり、全身に投与し、広範囲の癌に対しても効果を発揮するという点にあります。ですが、逆に癌細胞以外の正常細胞にも大きなダメージが起こる可能性がある、ともいえます。

種類としては、アルキル化剤、代謝拮抗剤、抗生物質抗癌剤、トポイソメラーゼ阻害薬、白金製剤、分子標的治療薬などがあります。アルキル化剤、抗癌抗生物質は濃度依存性の薬剤、代謝拮抗剤、植物アルカロイドなどは時間依存性薬剤といった薬効動態の特色がそれぞれあります。

上記にある通り、薬剤感受性の良好な白血病、悪性リンパ腫では治癒も期待できます。また、治癒に至らなくとも延命効果やQOLの改善効果が期待できます。ですが、一方で副作用も出現し、代表的なものとして骨髄抑制、嘔気嘔吐、口内炎、脱毛などがあります。副作用の出現を監視し、副作用の出現時には適切な処置の可能な施設で抗癌剤治療を行うことが重要です。

抗癌剤を投与するには、診断の確立と病期の確定がなされており、さらに患者さんの全身状態を考慮し、標準的治療をふまえて治療を選択します。上記のように「1日でも長生きしたい」のか、それとも「残りの時間をできるだけ穏やかな状態で過ごしたい」のかなど、患者さんの余命の過ごし方の希望によっても、治療方針は異なってきます。

延命を目的とした治療を行わない場合、緩和ケアという以下のようなものが重要になってきます。
緩和ケアとは、治癒を目的とした治療に反応しなくなった疾患をもつ患者と家族に対して行われる、積極的かつ全人的なケアと言えます。現在では、「ホスピスケア」と同義的に使用されているように思います。

癌疼痛治療の他に、症状マネジメント、心理的な苦痛、社会的な問題などの解決を図ります。ターミナル・ケアにおいては、身体だけでなく、精神的な苦痛を緩和することが重要となってきます。症状としては疼痛などが多いですが、鎮痛薬などを用いて苦痛、不安の除去が試みられます。

また死に対する恐怖を克服するため、医師、看護婦、家族のほか精神科医、心理療法士などを含めたチーム医療が重要な役割を果たします。単に死を待つ場所ではなく、こうした苦痛を取り除き、安らかな死を迎えるようする場所、ということも出来るかも知れません。

余命幾ばくもない、といった状況になった場合、「延命か、それとも安らかな余生を送るのか」、といった単純な二者択一で決められる問題ではないかも知れません。ですが、緩和ケアの充実が行われることで、幸せな余生を迎えられる人が多くなる可能性が高くなると思われます。

もちろん、化学療法により延命ができる可能性に懸けるということも意義あることですが、その一方で異なる選択肢もあるのだ、ということも念頭に置かれて治療に臨まれることが重要であると思います。

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