福島地裁の無罪判決を受け、日本産科婦人科学会の吉村泰典理事長は20日昼、記者会見し「実地医療の困難さとリスクに理解を示した妥当な判決」と判決を評価。「控訴しないことを強く要請する」と、検察側に控訴断念を求めた。

争点となった癒着胎盤について吉村理事長は「極めてまれな疾患であり、診断も難しく、最善の治療についての学術的議論は現在も学会で続けられている」とし、加藤克彦被告に対しては「専門医としていった医療の水準は高く、まったく医療過誤と言うべきものではない」と、同学会の声明を読み上げた。

同学会医療問題ワーキンググループ委員長を務める岡井崇理事は「今回のケースは逮捕する理由がなかった。たとえ患者への説明が不十分だったとしても、医師に刑事罰を与えることにはつながらない。医療を知らない警察が最初に捜査を行ったことが問題。まず、専門家が第三者機関を設けて調査すべきだと事件を通じて率直に感じた」と訴えた。
(大野病院事件「妥当な判決」 日産婦学会が声明)


癒着胎盤とは、胎盤娩出時に胎盤の一部が、子宮壁に癒着して娩出されないものを指します。胎盤が、用手剥離可能な付着胎盤とは異なります。臨床的には、胎盤癒着の軽度なものを第1群、さらに高度のものを第2群とし、用手的にも剥離できないものを第3群としています。第3群では、大量の子宮出血があり重症となります。

胎盤絨毛がどの程度の深さに達しているかによって、以下のように分類されます。
・楔入胎盤(狭義の癒着胎盤):絨毛組織が筋層面で癒着し、子宮筋層内までは侵入していないもの
・嵌入胎盤:胎盤絨毛が子宮筋層内にまで侵入しているもの
・穿通胎盤:絨毛がさらに子宮漿膜面にまで貫通しているもの

成因としては、脱落膜発育不全があり、子宮壁の瘢痕組織の存在があることで起こると考えられます。こうした癒着胎盤の存在は、母体死亡の重要な原因の1つとなっています。

癒着胎盤は、既往帝王切開創部付着の前置胎盤が最も多く、子宮手術や子宮内感染既往、多産婦に多い傾向にあります。また、子宮内膜炎、内膜掻爬術、粘膜下筋腫などの既往があると多いようです。そのため、こうした既往をもっている妊婦の方では癒着胎盤を起こす可能性もあり、子宮摘出の可能性、2期的手術の可能性、大量出血(場合によっては輸血)を行う必要があることもあります。

分娩に立ち会った医師や助産師が、「胎児娩出後に胎盤が娩出されていない」と認識して疑われます(胎盤の娩出があっても、不完全で一部子宮腔内に残り、娩出胎盤に欠損部がみられる)。胎児娩出後、長時間経っても胎盤剥離の徴候がなく、多くは胎盤圧出法も無効といった状況になります。子宮底は高く、子宮収縮が不良な状態となります。

超音波断層検査やカラードプラ検査、MRI検査で診断することもあります。胎盤直下の脱落膜層、筋層の消失所見や、子宮筋層や筋層直下の拡張した早い流速の血管像などが重要な所見となります。

胎盤が全面にわたり癒着している場合、胎盤剥離はないので、その付着部から出血はなく、比較的出血が少ないです。一方、最も出血の多いのは一部剥離し、一部癒着して未娩出のときです。ただ、分娩後に数日を経て、強度の子宮出血がみられることもあります(この場合、胎盤の一部の遺残が原因となる)。

対処としては、以下のようなものがあります。
対処としては、子宮収縮薬と輸液を準備の上、用手剥離を試みます。具体的には、片側の手、前腕を腟内から子宮内に挿入し、指尖を用いて胎盤を剥離する用手剥離が通常行われます。ただ、用手剥離も困難で、大出血や子宮穿孔を伴う時は子宮全摘術を要することもあります。

胎盤鉗子で癒着胎盤を除去する方法が行われる場合、強出血を招く危険も高いです。故に、出血に対する十分な対応策を準備したうえで行い、もし止血困難なときには、直ちに子宮摘出術(Porro手術)も行えるようにする必要があります。

子宮摘出に関しては、帝王切開により胎児娩出後に行う場合や、2期的に子宮摘出術を行う場合があります。癒着胎盤における帝王切開後の子宮摘出術は、大量出血となる恐れがあるため、胎盤を剥がさずいったん閉腹し、2〜4週間後循環血液量の低下を待ち再手術するという方法もあります。術前子宮動脈塞栓術や内腸骨動脈結紮し、2期的に子宮摘出すると出血量が少なくてすむという利点があります。

子宮温存が行われることもあり、児娩出後出血がコントロールできている場合が適応となります。閉腹後胎盤が剥がれるまで自然待機したり、メトトレキサートなどの化学療法を行う場合とがあります。ただ、待機中に大量出血や子宮内感染で子宮摘出せざるを得ないことも多いそうです。

上記のケースは、医師、患者さん、そしてそのご家族にとって、非常に不幸な転帰となってしまったといわざるをえないでしょう。そして、社会に対する影響も非常に大きな事件となりました。

医療問題を考える上では、その専門性を理解した上で、さらに「現在の医療水準と照らし合わせて」といった判断基準が必要になります。そうした意味では、専門家による第三者機関での判断や議論が必要になるのではないか、とも思われます。

また、今回の日本産科婦人科学会の声明も、産婦人科医を守るためにも必要であるとは思われますが、その一方で亡くなった方のご家族は、どのようなお気持ちでニュースをご覧になったのか、とその心情を思うと声明を全肯定できないといった思いもあります。

多くの疑問点や、医療問題を判断する上での不備を明らかにした今回の一件を契機に、活発な議論や法整備などが行われるようになれば、と思われます。

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