読売新聞の医療相談室で、以下のような相談がなされていました。
4年前に胸腺腫と指摘されました。外科医から手術を勧められていますが、その副作用として、重症筋無力症の発症がまれにあると聞き、不安を感じています。(62歳女性)
この相談に対して、東京慈恵医大病院呼吸器外科教授である森川利昭先生は、以下のようにお答えになっています。
胸腺は免疫にかかわる臓器です。体を守るリンパ球を警察官にたとえるなら、胸腺はそれを育てる警察学校で、思春期には役割を終え、脂肪組織に変わります。

その中に腫瘍ができることがあり、その多くは胸腺腫です。胸腺腫は、小さいうちは症状もないのですが、大きくなると、がんになる性質があります。小さいうちは確実に胸腺腫を取り除くことができるので、早期の手術が勧められます。

胸腺は同時に、重症筋無力症という、神経の刺激が筋肉に伝わりにくくなる病気と関連があることが知られています。刺激を伝わりにくくする抗体が体の中に作られるためです。

その多くに胸腺がかかわっていて、筋無力症の患者さんではしばしば胸腺の肥大や、胸腺腫を合併します。抗体が血液に出ている場合、胸腺を摘出すると、3分の2以上の患者さんの症状が改善するので、重症筋無力症では薬の治療とともに手術が勧められます。

不思議なことに、胸腺腫の患者さんで筋無力症の症状や抗体のない人に手術をすると、頻度は低い(1〜3%)ものの、手術後に筋無力症になる例があります。原因は分かっていません。

胸腺腫とは、胸腺固有の上皮細胞が腫瘍化したものを指します。全縦隔腫瘍の40%程度を占め(縦隔腫瘍の中では最も多い)、平均50歳代の中高年齢層に多発します。悪性度が低く、浸潤性発育傾向を有するものもありますが、遠隔転移を起こすものは稀です。

臨床的には、被胞型と浸潤型に2大別されます。浸潤型では、胸痛、呼吸困難、上大静脈症候群などの周胸臓器圧迫症状が出現することが多いです。腫瘍の周囲への浸潤程度と遠隔転移の有無によって、鬼から鹸に分類されます(正岡の胸腺腫臨床病期分類によってstaginされる)。

縦隔腫瘍のほぼ半数は、無症状で健康診断による胸部X線写真で偶然発見されることが多いです。縦隔腫瘍の症状としては、腫瘍の隣接臓器への圧迫や浸潤による症状と、腫瘍の浸潤・転移に起因しない腫瘍随伴症状がみられます。

主な症状としては、気道への圧排や浸潤による咳漱、血痰、呼吸困難、食道への圧迫や浸潤による嚥下困難、胸壁や神経への浸潤による胸痛や神経痛、反回神経麻痺による嗄声、交感神経麻痺によるHorner症候群(交感神経圧迫による顔面の発汗、瞼の下垂、神経損傷のある側の瞳孔縮小などがみられる)、上大静脈症候群による顔面や頸部の浮腫などがみられることがあります。

胸腺腫には、自己免疫疾患が合併することがあり、重症筋無力症は多角形細胞型に、また血液疾患の合併症は紡錘形細胞型に多くみられます(重症筋無力症は約20%と高く、赤芽球癆も約7%に合併)。

治療としては、以下のようなものがあります。
胸腺は胸骨(洋服でネクタイの裏にあたる細長い板状の骨)の裏にあり、摘出するには従来は胸骨を割る手術だけでした。

今は小さな病変では、内視鏡手術で行え、小さな傷しか残りません。ただ新しい手術なので、長期経過が良いかどうかの評価はこれからです。

一般的には(良性,悪性を問わず)手術による腫瘍の完全摘出が原則となります。悪性疾患の場合、隣接臓器への浸潤の程度(特に大血管への)により手術が不可能な場合、または手術による摘出が不完全であった場合は放射線照射、癌化学療法(あるいは両者の併用)が行われます。

胸腺腫は胸腺組織の範囲内であるMasaoka 機き挟では周囲の胸腺・脂肪組織を含めて切除、上大静脈や胸膜、心膜へ浸潤した郡では浸潤された部位を含めて拡大切除と術後放射線照射、胸腔へ播種があるa期では可及的切除に化学療法、放射線治療などを加えた集学的治療を行います。

b期や再発ではADOC療法(アドリアマイシン、シスプラチン、ビンクリスチン、シクロホスファミド)やプラチナ製剤+パクリタキセルなどの新規抗癌剤が有効な例があります。

一般的に、手術予後は合併症のないものや、術中遺残なく切除されたものでは良好であるといわれています。ただ、手術後に重症筋無力症症状を呈することもあり、そうした点もご考慮に入れ、手術を受けられることが重要であると思われます。

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