通勤電車に乗ると激しい腹痛と便意が起こるため、停車駅が少ない快速電車に乗れず「各駅停車症候群」と呼ばれることもある過敏性腸症候群。軽症を含めると患者は人口の10〜15%とされるが、症状が進むと治療が難航することが多く、うつ状態に陥るなど、心の健康を損なう患者も少なくない。

これまで即効性のある薬はなかったが、今月発売されたラモセトロン塩酸塩錠(商品名・イリボー錠)は、男性の下痢型の症状を早期に改善する効果があると期待されている。

過敏性腸症候群では、大腸を内視鏡で調べても炎症などの異常は見つからないのに、腹痛や腹部不快感を伴う下痢や便秘が続く。過去3か月間に月3日以上、腹痛や腹部不快感を繰り返し、排便後は症状が改善する場合に診断される。

男性は下痢型、女性は便秘型が多い。仕事や人間関係などの精神的ストレスや、急性腸炎などの身体的ストレスが発症の引き金になることが知られている。近年の研究で、腸の粘膜などに微少な変化が起きていることが分かってきたが、原因はまだ解明されていない。

国立国際医療センター国府台病院(千葉県市川市)院長の松枝啓さんは「腸と脳の神経細胞は、人の発生の過程で神経管という同じ神経のもとから生まれ、自律神経で密接につながっています。そのため、脳のストレスが腸の刺激となり、腸の刺激が脳のストレスになる」と語る。

脳がストレスを受けると、神経伝達物質のセロトニンが腸管の神経組織で増え、腸管の過度の運動や収縮が起きて、突然の下痢や便秘を招く。また、腸管の痛覚が過敏になり、普通は痛みを感じない腸の蠕動運動でも痛みや不快感を感じるようになる。

このような突然の下痢や腹痛で苦労した経験が続くと、電車通勤や長い会議が怖くなり、さらに腹痛や便意を招く悪循環に陥る。

治療薬としてよく使われるのが、ポリカルボフィルカルシウム製剤。人工の食物繊維で、下痢の場合は吸水性、便秘の場合は保水性を発揮して腸管内の便の形を整える。ただ、効果が表れるまでに1、2週間かかり、腹痛や腹部不快感は改善しにくい難点があった。

これに対し、ラモセトロン塩酸塩錠は、即効性や腹痛の軽減効果が期待される。セロトニンの働きを抑えることで、腸管の過剰な運動や、過敏になった腸の痛覚が脳に伝わるのを防ぐ。

下痢型の男性患者441人が参加した国内の臨床試験では、3か月の服用でほぼ半数の症状が消失、あるいは著しく改善した。松枝さんは「飲んで2日目には、便が固形に近づくなど効果が表れる人が多く、次第に排便回数も減る」という。ただ、女性は臨床試験の参加者が少なく、効果が確認できなかったため、国は今回、男性の下痢型だけを対象に販売を認めた。

松枝さんは「即効性により通勤時なども安心感が高まり、ストレスが和らいでさらに良くなる人も多いと思う。適度な運動や食物繊維の多い食事なども心がければより有効」と話す。
(過敏性腸症候群の新薬)


過敏性腸症候群とは、「腹部不快感や腹痛が、排便または便通の変化に伴って生じ、臨床像としては排便障害を呈する機能性消化管障害の1つ」と定義(Rome )されています。便通異常(便秘、下痢、交替性)が持続し、種々の腹部症状を訴えますが、腸管に器質的な病変はなく、機能異常によって起こると考えられます。

診断基準(Rome )としては、
過去3ヶ月間、月に3日以上にわたって腹痛や腹部不快感が繰り返し起こり、次の項目の2つ以上がある。
1)排便で症状が改善する。
2)排便回数の変化を伴う
3)便の性状の変化を伴う
6ヶ月以上前から症状があり、最近三ヶ月間は上記の基準を満たしていること。
腹部不快感は、痛みとは表現されない不快な感覚を意味する。
病態生理学的研究や臨床研究に際しては、週に2日以上の痛み/不快感があるもの的確症例とする。
となっています。ちなみに、児童・青年期(4〜18歳)の診断基準は別途あります。

20〜40歳代に好発し、女性にやや多いといわれています。もともと神経症的な素質や自律神経系の不安定な素地のある人に、情緒的緊張やストレス、食品による刺激が加わったとき、腸管が運動亢進状態となり症状を起こしてくるといわれています(ストレスは発症の引き金、症状持続・増悪などに関与する)。

症状としては、腹痛がみられ、主に腸管の痙攣によるものであり、鈍痛から疝痛まで程度はさまざまです。食後に多く、排便により軽快することが多いようです。便通異常もみられ、便秘、下痢あるいは両者が交互にくることがあります。便秘では糞便は兎糞状、下痢は軟便から水様便までさまざまで、粘液が混じることもあります。腹部膨満感、悪心、腹鳴などが起こることがあります。

ほかにも、心悸亢進、四肢冷感、発汗、顔面紅潮、肩こり、頭痛などの自律神経失調症状や不安感、不眠、無気力、緊張感、全身倦怠感などの精神神経症状などを伴うこともあります。

検査では、血液検査や糞便検査では異常は認められず、注腸造影検査および内視鏡検査でも器質的な異常所見は認めません。

治療としては、以下のようなものがあります。
心理的治療と生活指導を基盤にして、そのうえで消化器症状に応じた薬物治療を行います。過労を避け、十分な睡眠をとり、規則正しい日常生活が必要となります。

こうした生活指導や環境調整をはかり、食事指導として高線維食を勧めます(高線維食は特に便秘型に効果があるといわれています)。下痢、便秘、腹痛の強いときに薬物治療は有用です。線維製剤であるポリカルボフィルカルシウム、抗コリン薬、およびトリメブチンなどには効果が期待できるといわれています。

抗不安薬は、一時的なストレスにより不安・緊張感が生じた場合や、身体症状がさらに不安を増すといった症例で適応となります。抗うつ薬のうち三環系抗うつ薬は、抗うつ作用のほかに抗コリン作用もあり、腹痛と便通異常にも効果が期待できることから使用されることもあります。

こうした治療に加え、下痢型の人には上記のポリカルボフィルカルシウム製剤が使用されるようになってくるのではないか、と考えられます。かなりの頻度で症状に苦しんでいらっしゃる方もいるようで、この薬が役に立てば、と期待されます。

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