米国と中国の科学者チームは10月23日(米国時間)、記憶分子と呼ばれるタンパク質の一種「αCaMKII」(アルファカルシウム/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII)を操作して、マウスの脳から特定の記憶だけを安全に消去する方法を発見したと発表した。

ジョージア医科大学と、中国上海にある華東師範大学の共同研究。論文は10月23日付けの『Neuron』に掲載。CaMKIIは、中枢神経系における細胞内Ca2+シグナルの主要な担い手として、記憶・学習を形成する上で必要な分子と考えられている。

これは人類史上初の成果であり、大きな前進であると同時に、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療法として記憶を操作することに関心を持っている関係者が、強い興味を寄せるであろう発見だ。
(「脳から特定の記憶を消去」に成功:タンパク質の操作)


外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)とは、生命や身体に脅威を及ぼし、強い恐怖感や無力感を伴い、精神的衝撃を与える心的外傷体験(例:災害、重度事故、暴行など)を原因として生じる特徴的なストレス症状群です。凄惨な光景を目撃したり、家族や身近な者の被害に直面することも原因となりえます。

PTSDでは以下の3症状が同時に出現してきます。
1)再体験症状:外傷的出来事に関する不快で苦痛な記憶が突然蘇ってきたり(フラッシュバック)、悪夢として反復されます。また、思い出したときに気持ちが動揺したり、生理的反応(動悸や発汗など)を伴います。
2)回避・精神麻痺症状:出来事に関して考えたり、話したりすることを極力避けようしたり、思い出させる事物や状況を回避します。また、興味や関心が乏しくなり、周囲との疎隔感や孤立感を感じ、自然な感情が麻痺したように感じられることがあります。
3)過覚醒症状:睡眠障害、苛立ち、集中困難、過剰な警戒心、ちょっとした物音などの刺激にもひどくビクッとするような過敏反応があります。
こうした症状は、ストレスが誘発する脳の構造と機能の変化の表れであるとも考えられています。すなわち、症状は「異常な事態に対する正常な反応」として患者さんに説明することことは、症状に対する不安を和らげることに繋がります。

基本的なケアとしては、支持的共感的に接し傾聴が主体となります。具体的には、心的外傷体験に伴う感情を患者さんが表出し、看護者が共感的に受け止めることは、患者さんの精神回復を促す力となると考えられています。「嫌なことは忘れて。頑張って、元気になって」といった安易な励ましは二次被害につながるので避けるべきであるとされています。

また、患者本人や家族にPTSD症状について説明し、症状に対する不安を和らげることも重要です(心理教育)。周囲の無理解による二次被害を防ぎ、精神的サポートが得られるよう環境調整をはかることも必要です。

認知行動療法的アプローチを取り入れ、例えば回避症状が持続すると生活上の支障が大きくなるため、不安を惹起する事物や状況に少しずつ直面し克服できるよう指導を行います(段階的エクスポージャー)。また自責感や不信感などの否定的思考の修正をはかる必要があります。

具体的な治療法としては、以下のようなものがあります。
薬物療法としては、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を用います。パキシル錠(10mg)を2〜4錠や、ルボックス錠またはデプロメール錠(25mg)2〜6錠内服行います。漸増投与し、最低3かヶ月間継続します。投与開始2〜5週間で効果が現れ始めます。

SSRIの内服に当たっては、胃部不快などの初期副作用と、効果発現には数週間かかる、といったことをしっかりと患者さんに説明することが重要となります。また、中止による症状再燃のおそれがあり、慢性例では15か月以上の投与が推奨されます。減薬時には離脱症状に注意し、漸減を原則とします。

こうした治療が無効な場合、トリプタノール錠(25mg)2〜6錠や、デパケン錠(100mg) 3〜6錠、またはジプレキサ錠(5mg)1〜2錠内服を行います。睡眠障害や不安症状に対しては、上記に加えて睡眠薬(レンドルミン)や抗不安薬(ソラナックス、ワイパックス)を併用行います。ただ、ベンゾジアゼピン系薬剤はPTSD症状に対してはほとんど無効なため、漫然と連用すべきではないとされています。

まだまだ臨床応用などは先の話であると考えられますが、こうした基礎研究がなされ、患者さんの苦しみを救う一助になってくれれば、と期待されます。

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