小さくて、黒いなぁ…。生まれたばかりのわが子を見たときは、そんな印象でした。産声もか細く、ひと泣きしただけ。胸に抱きたかったけど、すぐに新生児集中治療室(NICU)へ入ることになりました。

数時間後、先生から「重い心臓病がある」と説明を受けました。そう言われても、何がなんだか分からない。まさか、うちの子が心臓病なんて、これから先、どう育てていけばいいの…。不安で不安で仕方がありませんでした。

実は生まれる前から、疑いがなかったわけではありません。妊娠8カ月の超音波検査で、先生からこう言われました。「3本あるはずのへその緒が2本しか見えません。こういう場合、心臓に疾患がある可能性が高い」と。

びっくりしましたが、とにかく元気に生まれてきて、と祈るばかりでした。
 
「心内膜床欠損症」と「ファロー四徴症」。次男は心臓に2つの病気を抱えていました。心臓は4つの部屋に分かれていますが、次男のは、仕切りが不完全で真ん中に空洞がある状態。酸素を多く含むきれいな血液と、二酸化炭素を多く含む血液が混じるので、体内の血中酸素濃度が低くなってしまいます。

5ヶ月後、ようやく家に連れ帰れましたが、心臓手術を終えたわけではないので、唇は常に紫色、チアノーゼの症状は消えません。酸素ボンベが手放せませんでした。うまく呼吸できないから、泣くこともできない。いつも肩でハアハアと息をする。抵抗力が弱く、風邪をひけば高熱が出る…。1歳になるまでは、夫も私も、熟睡できる夜なんてほとんどありませんでした。

転機は次男が2歳半になったころ。心臓も大きくなり、手術を受けることに。7時間に及ぶ大手術。それまで味わったことのない長い、長い時間でした。手術室の扉が開き、対面したときの次男の顔は、今も忘れられません。ピンク色をしていたんです。黒い顔、紫の唇…。そんなわが子しか知らなかったのに。ただただ、感謝の気持ちでいっぱいでした。
 
手術の成功で酸素ボンベなしで生活できるようになりました。実はそれまで、次男がボンベをつけた姿を見られたくないという気持ちが、私にはありました。顔も黒く、鼻からチューブをし、ダウン症でもある。そんな次男を隠そうとばかりしてきたのです。

だけど、手術後、「隠さなくてもいいんじゃないか。公表していいんじゃないか」と思えるようになりました。ダウン症の子は成長が遅いので、歩き出したのも3歳半。体は小さく、今も見た目は2歳くらい。言葉もなかなか話しません。もどかしい気持ちもありますが、病気の時でも、体はつらいはずなのに、親の前では、にこっと笑ってくれる。天使のように、優しい子なんです。

私は勝負の世界に生きてきましたから、勝たなければ「人生負け」というか、勝って認められるものだと思ってきました。でも、次男を生み、価値観が大きく変わりましたね。最後にゴールしても、その人なりにがんばることが、すばらしいんだと。正直に話せば、産まなければよかったと思ったことも、何百回とありました。

でも、今は違います。お金では決して得られない、大切なことを、次男から教えてもらったと思っています。

公表して、多くの方からメールや手紙を頂きました。ダウン症の子供を持つお母さんから、「つらかった時期もあったけど、今では笑顔で『松野さんのお子さんと同じ、ダウン症なんですよ』といえるようになりました」という手紙をもらい、私も励まされました。これからも、いろんな人々と交流し、私なりに、何か役に立てる活動ができればいいな、と思っています。
(松野明美さん、ダウン症と心臓病の次男に「勝たなくていい」と学んだ)


ダウン症(21-トリソミー症候群)とは、21番染色体の過剰による染色体異常です。全体の93−95%は21番染色体が1本過剰の21トリソミーで、親のどちらかの配偶子形成過程(減数分裂時)の染色体不分離に起因するといわれています。

出生率は約1,000人に1人であり、出生時の母親の年齢が高くなると、出生頻度は高くなるといわれています。数%に認められる転座型21トリソミーの場合は、散発性であれば遺伝性はありませんが、親のどちらかが転座染色体保因者であれば遺伝性となります。

中等度精神遅滞、特異な顔貌のほか(平坦な顔面中央部、眼瞼裂斜上、耳介異形成、内眼角贅皮、鼻橋の低下した小さい鼻など)、筋緊張低下、低身長、小頭症、短い手指、第5指内彎が認められます。合併症として先天性心奇形、十二指腸閉鎖、ヒルシュスプルング病、鎖肛、環軸椎脱臼が知られています。指紋、手掌紋にも特徴があります。

頚椎脱臼・亜脱臼も合併症としてよく知られており、5mm以上のADI(環軸椎亜脱臼の指標)はダウン症患児の約15%にみられます。さらにダウン症患児は、関節の可動性が大きいとされ、小児期に後天性の股関節脱臼が時にみられる。膝蓋骨脱臼の例も稀にあるといわれています。

足も特徴的で、とくに筋緊張低下による外反位と、小さく外反位をとる(簡単にいえば、X脚気味になる)踵骨がみられます。このため歩行障害や疼痛を訴えることも多い。それを補正する靴が、ほとんどの児で必要になるようです。

上記のケースのように、先天性心奇形(約40%に合併がある)を合併しやすく、心室中隔欠損症、心内膜床欠損症、心房中隔欠損症、ファロー四徴症、動脈管開存症などさまざまで、小児循環器専門家の診察と心エコー検査が必須となります。

心内膜床欠損症およびファロー四徴症は、以下のようなものを指します。
心内膜床欠損症では、心房中隔(左房と右房を分ける壁)の下半分に大きい欠損孔があり、部分型(不完全型)では三尖弁と僧帽弁が心室中隔上縁に付着しているため、心房中隔欠損のみあり、一次孔型心房中隔欠損症とも呼ばれます。完全型では、心房中隔と心室中隔につながる欠損孔があって、共通房室管残遺症とも呼ばれ、心房中隔欠損と心室中隔欠損ができています。

心内膜床欠損症は、ダウン症にしばしば合併します。さらに僧帽弁と三尖弁の変形があり、その閉鎖不全を合併します。成人の先天性心疾患の3%を占め、その大部分は部分型です。心房中隔が全くない場合が単心房で、心内膜床欠損症部分型と似た病像になります。

部分型では心房中隔欠損と僧帽弁閉鎖不全、三尖弁閉鎖不全の組み合わせとなります。左-右短絡は多く、僧帽弁閉鎖不全を合併するため、心不全を生じやすいです。完全型では肺高血圧と左-右短絡により心不全を合併しやすいですが、肺血管閉塞病変が進むとEisenmenger症候群になってしまいます。

治療としては、不完全型では亀裂の修復を含めた一次孔パッチ閉鎖術を、完全型では乳児期に左右の房室弁の形成と心房心室間欠損孔をパッチ閉鎖します。

Fallot(ファロー)四徴症は、チアノーゼ性先天性心疾患の一つです。
’抛位狭窄
⊃桓蔀羈峽臑讃
B臚位右室騎乗
け室肥大

この四つの特徴を有する疾患です。ちなみに、肺動脈閉鎖を合併する場合をFallot四徴症極型と呼びます。成人の先天性心疾患入院例の10%を占め、成人のチアノーゼ性先天性心疾患の70%を占めます。10%は22番染色体部分欠失(CATCH22)を伴い、特有の顔貌を合併するといわれています。

まず、心臓発生の初期に、漏斗部中隔が前方(右室側)に偏位して形成されるため、]嚇揺狭窄(肺動脈弁を含む右室流出路狭窄)が生じます。この漏斗部中隔と入口部中隔がずれて整列せず、間隙として大きな⊃桓蔀羈峽臑擦残り、漏斗部とともに大動脈も右方へ偏位するため、心室中隔へのB臚位騎乗が生じます。漏斗部狭窄と心室中隔欠損のため右室と左室は等圧になり、け室肥大を生じることになります。

全身に送られる動脈血に血中二酸化炭素濃度の高い静脈血が増加するため、チアノーゼを起こしてしまいます。チアノーゼは、生後2〜3ヶ月の時期に徐々に出現します。ですが、本症でのチアノーゼ出現の時期はさまざまで、3分の1は生後1ヶ月以内に、3分の1は生後1ヶ月ないし1年に、残りは生後1年以後に現れます。乳児期には泣いた時や運動時にだけみられるチアノーゼが、のちには常時認められるようになるといわれています。

運動や入浴で体血管抵抗が低下すると、相対的に右室流出路狭窄が強くなり、右-左短絡が増加してチアノーゼが増加します。この変化が強く生じると呼吸困難、意識喪失、けいれんを伴うチアノーゼ発作になります。逆に狭窄が軽い場合にはチアノーゼがなく、非チアノーゼ性Fallot四徴症と呼ばれます。低酸素血症に対する代償として、赤血球増多症が生じます。

症状としてはほかに、赤血球増多症に伴う頭痛、めまい、関節痛がしばしば認められます。長く続く低酸素血症により、心筋の変性と線維化が進み、あるいは高血圧が合併して、心不全を生じることもあります。感染性心内膜炎、脳膿瘍、脳血栓を合併することもあります。低酸素血症の持続により腎機能が次第に低下してしまいます。

身体所見としては、体格はやせ型が多く、唇や手足の爪にチアノーゼがあり、太鼓ばち指(指先が太鼓のばちのように膨らんでくる)を認めます。呼吸困難と運動制限が著明で、運動ののちにうずくまってしまいます(相撲の蹲踞[そんきょ]の姿勢をします)。

治療としては、チアノーゼ発作には酸素吸入、輸液、モルヒネ筋注を行います。予防には相対的貧血の治療とβ遮断薬内服を行います。

ファロー四徴症の根治手術の成績は最近よいので、なるべく小児期に行うべきであるとされています。成人に達した例では、なるべく早期に根治手術を済ませることが望ましいとされています。

短絡手術後の場合にも感染性心内膜炎、脳膿瘍その他の合併症を生じる危険があり、根治手術の適応があります。根治手術では右室の流出路の狭窄部を筋肉切除、肺動脈弁切開、またはパッチにより拡大し、欠損孔をパッチで閉鎖します。

自身のお子さんをテレビ出演、病名を発表したことに関しては、多くの賛否両論があったようですが、同じ境遇にあるご両親の方々にとって、心強い面もあったようです。お子さんと毎日を過ごす中で、辛さばかりではなく、一緒に歩んでいく楽しさ、すばらしさを感じることができた、というのは救いを感じることができました。

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