前兆は、1年ほど前からあった。体がだるく、歌に集中できない。「医者に診てもらっても原因が分からず、毎日、中ぶらりんな気持ちを抱えて過ごしていました」

不安が的中したのは一昨年の4月。地方でのコンサート開始30分前。いつもなら緊張で張りつめている時間に、ソファでぐったり横になり、スタッフを驚かせた。終了後、スタッフに缶ビールを3本買いに行かせたのに、なぜか1本も口にしなかった。

翌日はNHKの仕事があるため、帰宅後、風呂に入り、午後10時にはベッドに入った。間もなく、背中に痛みを感じ、体が震えだした。立っていれば痛みは消えるが、横になると痛み出す。

「寝室を出たり入ったりを繰り返した後、『これはおかしい』と女房に病院へ車で運んでもらったんです」病院では即入院を言い渡された。「『明日の仕事が午後4時に終わるので、それから入院します』って言ったら、ひどく怒られました」

エコー検査などを受けるうち、意識は次第に薄れていった。「大変だ。ここで止まってくれ」。医師たちの緊迫した声を遠くに聞きながら、「ああ、おれは死ぬんだな、と思いましたね」

入院の翌日、ベッドで目をさますと、医師から「峠は越えましたよ」と告げられた。重症の急性膵炎だった。膵臓が消化液の膵液で、自分自身を溶かす病気だ。

「私の場合、半分とけて肝臓にも炎症が広がり、妻は『生存率は50%』と医師から言われたそうです」。6割溶ければ大手術だったが、何とか手術なしで済んだ。「でも、また火が燃え上がるんじゃないかと、1週間くらい生きた心地がしませんでした」

原因は酒の飲み過ぎ。膵臓に負担をかけ過ぎたためらしい。治療は、膵臓を絶対安静に保つため、口からは水も食べ物も入れないことだ。入院当初は点滴のみだった。

「実は私はアルコール依存症だったようで、入院中はひどい幻覚に悩まされました。半狂乱に近く、病院側が気をつかって、見舞客に『もう退院されました』とウソをついてくれたほどです」

点滴のビンがビールジョッキに見えて、針をはずして飲もうとしたり、そのビンを使ってマジックショーをやったり。「ベッドにベルトで体を固定された時は、飛行機に乗ったつもりになり、乗務員に見えた看護師に『この飛行機、どこ行くの』なんて聞いたのを、自分でも覚えています」
(演歌歌手 宮路オサムさん「急性膵炎」)


急性膵炎とは、膵内で病的に活性化された膵酵素が膵内部と周囲組織を自己消化する急性病変です。軽症、(中等症)、重症に分けられます。軽症では膵浮腫程度で改善しますが、壊死が膵ならびに膵周囲に広範に生じると重症化してしまいます。

宮路さんのケースでは、明らかに重症急性膵炎の状態であったと考えられます。膵ならびに膵周囲に広範な壊死を認め、多臓器不全症候群(MODS)をきたした状態になる可能性もあります。

原因としては、アルコール性が約40%、胆石性が約25%、特定の原因が認められない特発性が約20%となっています。日本の急性膵炎受療患者数は年間約35,300人と推定され、重症例が約15%を占めています。

炎症が膵局所にとどまらず、腹腔内に広く進展すると、活性化膵酵素や各種炎症性メディエーターが血液やリンパを介して膵から離れた重要臓器におよんでしまいます。具体的には、膵内のトリプシンが活性化され、さらにトリプシン自身や他のエラスターゼ、リパーゼ、キニン、カリクレインなどを活性化し、膵の自己消化に至ると考えられます。

結果、発症早期に循環不全、腎不全、呼吸不全などの多臓器障害(multiple organ failure:MOF)を合併しやすく、発症2週以降には敗血症などの重症感染症の合併頻度が高まってしまいます。こうなってしまうと、致命率は8.9%と予後が悪いと考えられます。

症状としては、上腹部の激痛を認め、しばしば背部に放散します。前屈姿勢で軽減する傾向があるため、側臥位でエビのように丸まっていることが多いです。その他、発熱、悪心・嘔吐を認めることがあります。

重症例ではショック、呼吸困難、乏尿・無尿、精神症状、重症感染症、出血傾向を認めることがあります。急性期以後も仮性嚢胞の膿瘍化、嚢胞内出血に起因する種々の症状を認めることがあります。

診断としては、
‐緤部に急性腹痛発作と圧痛がある。
血中、尿中アミラーゼや血中リパーゼが上昇する。
J部超音波(US)や腹部X線CTで膵の腫大や実質の不均一、血流障害、膵周囲の滲出液貯留や脂肪壊死を中心とする炎症の進展が認められる。
これら 銑のうち2項目以上を満たし、他の膵疾患および急性腹症を除外したものを急性膵炎と診断します。

検査としては、膵酵素の測定を含む血液一般検査を行い、胸腹部単純X線、腹部長音波検査、CTなどの画像検査によって速やかに鑑別診断を行います。急性膵炎例では胆石の有無、胆管拡張、膵腫瘤や石灰化の有無、高脂血症など、成因や合併症の有無を調べる必要もあります。

また、軽・中等症と重症では治療方針が大きく異なるため、入院24時間以内に「急性膵炎の重症度判定基準と重症度スコア」(厚生労働省特定疾患難治性膵疾患調査研究班)で判別することも重要です。

治療としては、以下のようなものがあります。
治療としては、速やかに初期治療を開始し、十分な輸液によって循環動態を改善・維持して多臓器不全の発症を予防すること、重症例やその可能性のあるものでは、早期より予防的に抗菌薬を投与して感染性合併症を防ぐことが重要となります。

急性膵炎では発症早期から全身の血管透過性が亢進し、血漿成分が血管外に漏出すしてしまいます。また、大量の炎症性滲出液が膵周囲や腹腔内に貯留し、嘔吐や腸管麻痺が加わって極度の脱水に陥りやすく、循環不全あるいはその準備状態にあります。そのため、補液を行うことが重要です。

具体的には、乳酸リンゲル液や酢酸リンゲル液を基本として3,000mL/日以上を目安に十分な輸液を行います。中等症から重症の急性膵炎では、初期輸液量として60−160mL/kg/日を設定し、最初の6時間に1日量の1/2〜1/3を投与します(収縮期血圧120mmHg以上、時間尿量1mL/kg以上を目標)。特に、来院時にショックあるいはプレショックを呈していれば、成人では500〜1,000mL/時間の急速輸液を行い、さらにカテコラミンの併用を考慮します。

また、腸管麻痺や腸粘膜バリアの破綻により腸内細菌が全身に移行し、膵や腹腔内の炎症部位に感染巣を作り敗血症などの重篤な感染性合併症を起こしやすいです。そのため、軽症例および中等症例では致死的な合併症である膵および膵周囲の感染症の発生頻度が低いため、抗菌薬の予防的投与は必要ないとされていますが、重症例や重症化が予測される症例では、これら合併症の発生頻度が高いため、膵移行性の高い広域スペクトラムをもつ抗菌薬を早期から予防的に投与(カルバペネム系など)します。

また、抗酵素療法として、膵内や血中に逸脱した活性化膵酵素を阻害して膵炎を鎮静化し、膵炎の進展や重症化を予防するために、メシル酸ガベキサート(FOY)、メシル酸ナファモスタット(FUT)、ウリナスタチン(UR)などの蛋白分解酵素阻害薬の点滴静注を行います。

重症膵炎ではDICやショックを合併することが多く、蛋白分解酵素阻害薬の大量持続投与やFOYとUR、FUTとURなどの2剤併用投与が行われます。さらに、急性胃粘膜病変や消化管出血の合併例、合併する可能性がある症例に対してはH2受容体拮抗薬を投与します。

こうした治療の甲斐あって、宮路さんは無事に生還なさったそうです。アルコールが原因であったようで、上記のような心当たりがある方はお気を付けてください。

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