強い不安や緊張を長く感じると腹痛や下痢を起こしたり、腸にガスがたまり不快感に見舞われたりする。これは脳と腸が密接な関係(脳腸相関)にあるからだ。

腸の運動を支配する自律神経を調整しているのが、脳の視床下部。緊張や不安に襲われると、個人差もあるが、この視床下部の情報伝達に乱れがでる。その結果、腸の活動に異変が生じるというわけだ。

特にストレスに過敏な人は、こうした過敏性腸症候群になりやすい。症状が気になると、それがストレスとなり、症状を悪化させる。悪循環だ。

こうした患者の治療経験が豊富な東急病院(東京・大田区)心療内科の伊藤克人医長は、会議中におなかが「ゴロゴロ」と鳴ってしまったことをきっかけに、おなかの張りに敏感になった25歳の会社員女性の症例を紹介する。女性は、友人とお茶を飲んでいるときでも、おなかの張りを感じると、すぐにトイレに駆け込んで、おならを出し切らないと気が済まなくなった。

伊藤医長は、おなかの張りは心身症であると判断し、心理療法の一つである「森田療法」を実践指導した。不安や症状をあるがままに受け入れて、今やるべきことに集中する治療法で、神経症の治療などとして広がる。

この女性は数か月後、おなかのゴロゴロは感じるものの、仕事や友人との会話など別の対象に注意を向けられるようになり、症状に対する苦痛や悩みが小さくなった。

伊藤医長は「重症例には抗不安薬などの薬物も処方するが、症状が完全になくなることはない。おなかの張り、おならとうまく付き合い、自分らしい生活を送るという視点が重要」と話している。
(脳と腸の密接な関係)


過敏性腸症候群とは、「腹部不快感や腹痛が、排便または便通の変化に伴って生じ、臨床像としては排便障害を呈する機能性消化管障害の1つ」と定義(Rome ?)されています。

器質的異常は全く認めないのに腹部症状、便通異常の二大徴候を呈する小腸、大腸の運動および分泌機能異常に基づく症候群を指します。病型として便秘型、下痢型、混合型、分類不能型があります。

便通異常(便秘、下痢、交替性)が持続し、種々の腹部症状を訴えますが、腸管に器質的な病変はなく、機能異常によって起こると考えられます。脳−腸相関異常、大腸運動異常、内臓知覚異常などが関係していると考えられています。ストレスは発症の引き金、症状持続・増悪などに関与しているといわれています。

診断基準(Rome ?)としては、
過去3ヶ月間、月に3日以上にわたって腹痛や腹部不快感が繰り返し起こり、次の項目の2つ以上がある。
1)排便で症状が改善する。
2)排便回数の変化を伴う。
3)便の性状の変化を伴う。
6ヶ月以上前から症状があり、最近三ヶ月間は上記の基準を満たしていること。
腹部不快感は、痛みとは表現されない不快な感覚を意味する。
病態生理学的研究や臨床研究に際しては、週に2日以上の痛み/不快感があるもの的確症例とする。
となっています。ちなみに、児童・青年期(4〜18歳)の診断基準は別途あります。

消化器専門外来の30〜50%が本症であるともいわれ、比較的多いといわれています。20〜40歳代に好発し、女性にやや多いといわれています。もともと神経症的な素質や自律神経系の不安定な素地のある人に、情緒的緊張やストレス、食品による刺激が加わったとき、腸管が運動亢進状態となり症状を起こしてくるといわれています。

症状としては、腹痛がみられ、主に腸管の痙攣によるものであり、鈍痛から疝痛まで程度はさまざま(急性腹症と誤診されるほど強度のものから、腹部不快感という程度のものまであります)です。食後に多く、排便により軽快することが多いようです(中核となる病型は下痢症状と便秘症状を繰り返すもので、不安定型または下痢便秘交代型と呼ばれる)。

多くは便意頻数、排便困難感、残便感を伴います。便通異常もみられ、便秘、下痢あるいは両者が交互にくることがあります。便秘では糞便は兎糞状、下痢は軟便から水様便までさまざまで、粘液が混じることもあります。腹部膨満感、悪心、腹鳴などが起こることがあります。また、特殊な型として放屁症状を最も強く訴えるガス症状優位型も日本では比較的多いそうです。

ほかにも、心悸亢進、四肢冷感、発汗、顔面紅潮、肩こり、頭痛などの自律神経失調症状や不安感、不眠、無気力、緊張感、全身倦怠感などの精神神経症状などを伴うこともあります。

治療としては、以下のようなものがあります。
心理的治療と生活指導を基盤にして、そのうえで消化器症状に応じた薬物治療を行います。過労を避け、十分な睡眠をとり、規則正しい日常生活が必要となります。

こうした生活指導や環境調整をはかり、食事指導として高線維食を勧めます(高線維食は特に便秘型に効果があるといわれています)。下痢、便秘、腹痛の強いときに薬物治療は有用です。線維製剤であるポリカルボフィルカルシウム(ポリフル、コロネル)、抗コリン薬、およびトリメブチンなどには効果が期待できるといわれています(ただ、偽薬効果[効いた気になって治ってしまう]の高い疾患であるという指摘もあります)。

ちなみに、ポリフル、コロネルは膨潤性高分子樹脂であり、服用後に途中でつかえた場合に、膨張して喉や食道を閉塞する可能性があります。そのため、十分量(コップ1杯程度)の水とともに服用することが望まれます。

抗不安薬は、一時的なストレスにより不安・緊張感が生じた場合や、身体症状がさらに不安を増すといった症例で適応となります。抗うつ薬のうち三環系抗うつ薬は、抗うつ作用のほかに抗コリン作用もあり、腹痛と便通異常にも効果が期待できることから使用されることもあります。

また、一般的には上記の各治療の補助的な意味で支持的精神療法を行うことが多いようです。ただ、かなり神経症的傾向が強く、治療も困難な場合には専門的精神療法が必要であり、専門医療機関に治療を依頼する必要があることもあります。

ストレスの多い生活を送り、悩んでいる方も結構いらっしゃるのではないか、と考えられます。一度は消化器内科などに相談なさってはいかがでしょうか。

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