以下は、HealthDay Newsで掲載されているニュースです。

ダウン症の人が多くの癌に罹患しにくい理由が、遺伝子によって説明できるとの報告が、英科学誌「Nature」オンライン版に5月20日掲載された。「今回の研究では、2つの遺伝子が腫瘍内で過剰に発現すると、腫瘍の血管を閉鎖することが示された」と、米テキサスA&M健康科学センター医学部のArthur E. Frankel博士は説明している。

ダウン症の人は、21番染色体が1本余分にあり、その分231個の遺伝子も余分にもっている。また、一般集団に比べて特定の白血病の発症リスクが高い一方で、多くの一般的な固形癌による死亡リスクは、一般集団のわずか10%にすぎない。研究著者である米ボストン小児病院のSandra Ryeom氏によると、かつてはダウン症の人は平均寿命が短いため癌になりにくいと考えられていたが、ダウン症による障害の多くが治療可能となり、十分に寿命が延びた現在でも有意な固形癌の予防効果が認められるという。

ダウン症(21-トリソミー症候群)とは、21番染色体の過剰による染色体異常です。全体の93−95%は21番染色体が1本過剰の21トリソミーで、親のどちらかの配偶子形成過程(減数分裂時)の染色体不分離に起因するといわれています。

出生率は約1,000人に1人であり、出生時の母親の年齢が高くなると、出生頻度は高くなるといわれています。数%に認められる転座型21トリソミーの場合は、散発性であれば遺伝性はありませんが、親のどちらかが転座染色体保因者であれば遺伝性となります。

中等度精神遅滞、特異な顔貌のほか(平坦な顔面中央部、眼瞼裂斜上、耳介異形成、内眼角贅皮、鼻橋の低下した小さい鼻など)、筋緊張低下、低身長、小頭症、短い手指、第5指内彎が認められます。合併症として先天性心奇形、十二指腸閉鎖、ヒルシュスプルング病、鎖肛、環軸椎脱臼が知られています。指紋、手掌紋にも特徴があります。

頚椎脱臼・亜脱臼も合併症としてよく知られており、5mm以上のADI(環軸椎亜脱臼の指標)はダウン症患児の約15%にみられます。さらにダウン症患児は、関節の可動性が大きいとされ、小児期に後天性の股関節脱臼が時にみられる。膝蓋骨脱臼の例も稀にあるといわれています。

足も特徴的で、とくに筋緊張低下による外反位と、小さく外反位をとる(簡単にいえば、X脚気味になる)踵骨がみられます。このため歩行障害や疼痛を訴えることも多い。それを補正する靴が、ほとんどの児で必要になるようです。

先天性心奇形(約40%に合併がある)を合併しやすく、心室中隔欠損症、心内膜床欠損症、心房中隔欠損症、ファロー四徴症、動脈管開存症などさまざまで、小児循環器専門家の診察と心エコー検査が必須となります。

ダウン症の方が、癌を発症しにくいというのは以下のような機序が、今回の発表では指摘されているようです。
今回の研究は、米国の血管新生研究の先駆者であり、昨年(2008年)死去したJudah Folkman博士の研究を基礎としたもの。血管新生とは癌細胞に栄養を送る血管の形成のことで、Folkman氏はこの血管新生を阻害することが癌の形成を阻止するのに重要であるとの仮説を提唱した。

研究グループは、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)と呼ばれる化学物質(糖蛋白質)を阻害して血管形成を鈍らせる遺伝子で、21番染色体上にあるDscr1に着目。ダウン症モデルマウスおよびヒトダウン症組織で、この遺伝子の活性が亢進していることが明らかになった。

Ryeom氏はこのことから、Dscr1が腫瘍の血管新生を抑制する上で重要な役割を演じていることが示されると述べている。Dscr1単独でもある程度の腫瘍抑制がみられるが、この作用には5つの遺伝子が関与しているという。同氏らは、Dscr1が同じ21番染色体上の遺伝子Dyrk1aとともに作用して「カルシニューリンcalcineurinシグナル経路」(腫瘍の血管形成に関与する経路)を阻害すると考えている。

しかし、この情報が癌患者にとって有用なものとなるかどうかについては疑問が残されている。血管新生阻害薬ベバシズマブ(商品名:アバスチン)の例をみても、わずかな効果しか示されておらず、副作用も認められている。ある専門家は「現在可能な技術を用いてこの遺伝子を操作することが妥当であるかどうかは疑問であり、次のステップについても考える必要がある」と指摘している。

VEGF(血管内皮細胞増殖因子)は、強力な腫瘍血管新生因子であるといわれており、VEGFの発現程度は、腫瘍組織内微小血管密度と正の相関を示すそうです。VEGFはその受容体が血管内皮細胞表面に特異的に存在していて、なおかつ多種の腫瘍細胞で発現しているので、最も重要な血管新生因子と考えられています。

つまり、血管の細胞を増殖させる働きを持っており、VEGFの分泌が起こる部位に血管が伸びたり、新しい血管が形成されます(この現象を血管新生といいます)。

この血管新生とがんは深く関連しています。がん細胞は通常の細胞に比べて増殖速度が速く、多くの栄養分を必要とします。そのため栄養分を吸収するために、がん細胞はVEGFを分泌して血管をがん細胞のところまで誘導します。

血管新生をを抑制することで、癌の発育や浸潤などを抑制することが出来るのはないか、ということでアバスチン(抗VEGF ヒト化モノクローナル抗体)が使用されるようになってきたわけです。アバスチンは、血管新生阻害をターゲットとした世界で最初の抗癌剤、ということができるでしょう。

ヒト乳癌において高頻度に発現し、進行乳癌例では循環血液中にVEGFの発現が認められると報告されています。そのため、この働きが抑えられれば、その進行を押さえられるのではないか、と考えられるわけです。抗癌剤としては、非小細胞肺癌や大腸癌に点滴静注で使用したりされています(国内では、適応は治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌などに限られています)。

また、抗癌剤として使用されるほか、加齢黄斑変性や糖尿病性網膜症(こちらも病態に新生血管が大きく関わっています)の治療薬として期待されています。

アバスチンの副作用としては、VEGFは創傷治癒(傷を治すことに関しても、血管新生は関わっている)に関わることから、アバスチン使用により創傷治癒の遅延がみられることがあります。そのため、外科的治療後28日以内はアバスチンの投与は控え、逆にアバスチン投与後は28日間、手術を行うことは避けるべきであると推奨されています。

投与中に腫瘍が壊死・出血を起こすこともあり、非小細胞性肺癌に対する投与では、喀血や肺出血などがみられています。消化管出血、くも膜下出血、脳出血などの出血傾向も報告されています。

さらに、胃腸穿孔を引き起こすことが指摘されており(1.5%)、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の既往がある場合は慎重投与することが求められています。

また、アバスチンの投与で、蛋白尿が発生することがあります(26%)。中には、ネフローゼ症候群を引き起こしたり、透析導入をせざるをえなかったケースもあるようです。そのため、アバスチン投与中には定期的な尿検査が必要となるようです。

遺伝子治療としての可能性が、今回の発表では広がりをもった、とも考えられますが、果たしてその有益性と副作用を天秤にかけると、どちらの方が重くなるのか、今後の研究が待たれます。

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