都内設計事務所に勤めるIさん(48歳)に、忘れられない電話がかかってきたのは1年前の会議中だった。

Iさんの妻は昨年の人間ドックで、婦人科検査のオプションをつけた。そこで医師から、「マンモグラフィーとエコーで右の乳房に気になるところが見つかったので、再検査をしてください」と告げられた。乳腺外科のある病院の紹介状を手渡すときに、「今日紹介先の先生に連絡しておくから、くれぐれも急いで」何度も念を押された。

そしてその朝、妻から「今日が再検査の日なの。病院に行ってくる」と聞かされた。そのときから、心がざわざわしていたが、予感が本当になってしまった。

廊下に出て携帯に耳をあてると、落ち着いた妻の声がする。「多分乳がんらしいの。詳しい結果はまだだけど、多分手術をすると思う」。と聞かされた。自分でも「そうなんだ」という声を出しながら、予想以上にうろたえた。

結婚して20年。デパートの管理職として働く妻の寝込んだ姿を見たことがない。40歳を超えたあたりから疲れた顔を見せていたが、元来、性格が楽天的でおおらか。ストレスもたまりにくいのか、職場の愚痴をたまに言う程度でいつも元気で笑顔だった。

30代半ばまで、不妊治療もしたが、結局子供には恵まれなかった。しかし夫婦仲はよく、休みの日はよくドライブにでかけた。2人で仕事を続けながら、そろそろ老後のことを考えたいと思っていた矢先のことだった。

Iさんの母親は15年前に乳がんの手術をした。その時は無事治療が終わったように見えたが、1年後の検診でリンパに転移が見つかった。それからあっけなく逝ってしまった。

妻が母親と同じ病気になってしまったことを冷静に受け止めようとしたが難しかった。自分が支えなければと思えば、思うほど、「妻がもし…」という思いのほうが強くなってしまう。

妻から「がん」だと知らされた日の夜から、朝までぐっすり寝たことがない。明け方目を覚まして、隣に妻がいると安心した。安らかな寝息よりもいびきをかいているほうが安心した。

寝られない夜は、どうしてもインターネットで乳がんのサイトを見てしまう。回復に向かう闘病ブログには勇気づけられたが、情報の多さにかえって混乱した。

インターネットで調べながら反省した。自分の母親が乳がんで亡くなったにも関わらず、どこか他人ごとだった。自分の妻ががんになって初めて検診の重要性を改めて実感した。

何回かの検査のあと、手術当日を迎えた。Iさん夫婦の趣味は温泉巡り。手術室に入る前に「手術痕が目立ったら温泉に行きにくいなぁ」という妻を、「最近は、貸切温泉も部屋に露天風呂のついた部屋も多くなったから」と勇気づけた。

手術後、執刀医から妻の乳がんは幸いリンパには転移しておらず、それほど進行もしていなかったと告げられた。退院後は、すぐに仕事に復帰。通勤前に病院に立ち寄って、放射線治療などを受けた。職場の理解を得られたことが、がん患者にとってどれほど有難いかを実感して、頭が下がる思いがした。妻は日に日に元気になっていった。

がん治療はかなり経済的な負担があることを知った。検査代から手術代、薬代、放射線治療。毎回毎回、支払い額に驚くばかりだった。それに加えて差額ベッド代の高さも驚いた。はじめての入院であり、短期間なので個室にしたが、選んだ部屋は1日3万円。共稼ぎだからいいが、自分の稼ぎだけだと満足に治療ができないかもしれない、とそんな考えがよぎった。
(もしも妻が「がん」になったら!?そのとき夫はどうすればよいのか)

乳癌とは


乳癌とは、乳房にある乳腺組織に発生する悪性腫瘍のことです。乳癌罹患は年間約4万人で、女性が罹る癌の中でトップであり、年々増加傾向にあります。年間死亡は約1万人で、罹患のピークが40〜50歳代にあります。そのため、働き盛りの女性の罹患する癌の中で、乳癌は罹患率・死亡率とも第1位となっております。

乳癌罹患者数は1970年の約3倍で、食事内容の変化(脂肪摂取量の増加や初経年齢の低年齢化などで)今後も増加し、2015年には年間約48000人の女性が乳癌に罹患すると予測されています。年々増加の一途をたどり、現在、年間約1万人が死亡しています。

多くの女性が乳癌に最初に気づくのは、ほとんどが自分で「しこり」に気づいています。そのほか皮膚陥凹、乳頭からの血性分泌物、乳頭のびらん、疼痛などがみられることもあります。

患者さんは、「乳房にしこりがある」と訴え、痛みを伴わないことがほとんどですが、気がついてから、よく触れるために痛みや圧痛を伴うようになったと訴えることもあります。触れたしこりの大きさの変化も重要な情報となります。

こうして「しこりに気づいて」受診されているということは、逆に言えば、検診にて発見されるのは、たった2割でしかないと日本乳癌学会の大規模調査で判明しています。ただ、胸を触る自己診断で見つかる乳癌の大きさは平均約2cmで、自然に気づく場合は3cm以上が多いとのことです。

早期癌は、直径2cm以下とされています。ですが、発見時には43%が2.1〜2.5cmに達しており、発見時にリンパ節に転移していた人も、3分の1を占めています。リンパ節に転移しない乳癌の10年後の生存率は約9割と高いが、転移をしていると7割以下に落ちるといいます。

乳癌の検診とは


検診で一般的に行われるのは、以下のような検査です。
一般的な乳癌のスクリーニング検査としては、問診、触診、軟X線乳房撮影(マンモグラフィー)、超音波検査等が実施され、臨床的に疑いが生じると、生検が実施され組織学的診断により癌かそうで無いかが判別されます。

早期がんの発見には、マンモグラフィ検診が有効です。乳癌の死亡率を下げるには、集団検診の受診率を上げることが不可欠とされています。

しこりの訴えがある場合は、その部位を念頭において、まず問診を行います。乳房腫瘤に気づくきっかけ、疼痛、乳頭分泌、腫瘤増大の有無を聴取し、さらに、月経状況、出産・授乳歴、乳腺疾患の既往、乳癌の家族歴、ホルモン補充療法の有無を聴取することが重要です。乳房腫瘤をきたす3大疾患は、乳癌、乳腺症、線維腺腫であり、これらを鑑別することが重要です。

問診の次は、視・触診を行います。腫瘤上の皮膚の陥凹(Delle)、浮腫、発赤、皮膚への癌の浸潤、潰瘍形成などが乳癌の所見としては有名ですが、これらは進行した癌でみられるようです。早期の乳癌や良性腫瘍、乳腺症などでは皮膚所見はほとんどみられません。

また、上肢を挙上したり、手を腰に当てて胸を張ったときに、乳房の一部に陥凹(slight dimple)が現れないかどうかをみておくことも必要となります。これは、Cooper(クーパー)靭帯に乳癌が浸潤し、皮膚との距離が短縮されたために起こる現象です。

乳房の触診は仰臥位で、両手を頭の後ろで手を組み、肘を張って、胸を張るようにした体位で行います。乳癌の特徴的な触診所見は、弾性がやや乏しい硬い腫瘤として触知し、表面は粗いか凸凹で、周囲の乳腺組織との境界がやや不明瞭となります。また、両側の鎖骨上窩と腋窩を触診し、リンパ節の腫脹の有無を調べることも重要です。リンパ節を触知した場合は、個数とともに、それぞれのリンパ節の大きさ、硬さ、可動性などを調べます。

検査としては、超音波検査あるいはマンモグラフィーを行います。
超音波検査では、正常の乳腺は皮膚の下のエコー輝度の低い脂肪に囲まれたエコー輝度の高い均一な像として描出されます。一方、乳腺に腫瘍性病変があるとこの組織構成が崩されて、低エコーの像として描出されることが多くなります。

マンモグラフィーでは、描出された腫瘤陰影と石灰化像から、その腫瘤の良・悪性を診断していくことになります。乳癌の典型的な像としては、放射状陰影(spicule)を有する不整形の腫瘤陰影で、周辺の透明帯(halo)を伴わないか、伴ったとしても不均一なものです。また、形状不整の集蔟した微小石灰化像は、乳癌を疑う所見となります。

病歴情報や身体所見、超音波検査やマンモグラフィーの結果に基づき、腫瘍の存在が疑われたときには穿刺吸引細胞診へ進みます。診断は通常の細胞診と同様に細胞の異型度から、class I(正常)から class V(癌)の5段階で行われます。

日本人女性の乳癌発症率は今や、20人に1人と言われています。しかしながら、検診率がまだまだ低いのが実情です。40歳を過ぎたら、1年に1度は乳がん検診を受けることが勧められます。

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