女優の高樹澪さんは片側顔面痙攣(へんそくがんめんけいれん)という病で平成15年、女優をいったん退いた。顔面が不随意に痙攣する病で、目や顔で感情を表す女優にとっては致命的。頭にメスを入れる手術を経て昨年末、約6年ぶりに芸能界に復帰した。身体的、精神的にめいった時期を振り返り、「今なら病も人生経験と言える」と話す。

女優を辞めよう。そう決めたのは、映画『チルソクの夏』の最後のシーンを撮影したときでした。炎天下、多くのエキストラもいる。私の顔がアップになった瞬間、「ピクピクッ」。最悪のタイミングで右目の下が痙攣したのです。「もうカメラの前に立つ資格はないんじゃないか」と打ちのめされました。14年の夏でした。

突然やってくる痙攣はだんだん頻度を増し、目元から次第にほおまで動くようになった。困ったことに睡眠中もお構いなし(笑い)。痙攣すると脳の中が波立つように反応して、3時間ごとに目が覚めてしまう。不眠症になり、心身ともにヘトヘトでした。

もちろん、「おかしい」という自覚はあった。けれど、女優の仕事が大好きだったし、監督やスタッフに迷惑はかけられない。誰にも知らせず治そうと鍼や気功に通いましたが、よくならない。何とかごまかして仕事は続けたけれど、目の芝居ができなくなり追い詰められて15年、事務所に電話で「辞めます」と告げました。

違う人生を歩むつもりで、洋服もバッグも化粧品も貴金属も捨てました。さらに口元まで痙攣するようになり、髪の毛で顔の右半分を覆うクセがつきました。ビルのトイレの清掃など、アルバイトも顔を見られずに済む職種を選びました。元女優とばれるより、顔の痙攣を見られるのが嫌で。半ば、ひきこもり状態でしたね。

「片側顔面痙攣」という名の病だと知ったのは18年の夏。脳神経外科であっさり診断がつきました。原因不明の病ですが、医師は「強いストレスに関係する」。思えば発症当時、結婚生活がうまくいかず、心がズタズタ、しっかりしなきゃと興奮状態だったのが悪かったのでしょうか。顔面神経が血管に触れているので治療には脳の奥のほうの手術が必要で、生存率は7割と言われました。

それを聞き、家族はみんな「顔はどうなってもよいから、生きて」と手術に反対。正直、私も逃げたい気持ちでしたが、医師から「もっと楽しい人生にした方がよい」と言われ、精神的なつらさを分かってもらえた気がして、生命を預けようと決めた。

手術は5時間。全身麻酔から目覚め、「ぐっすり眠ったの、何年ぶりだろう。もう痙攣に眠りを邪魔されずに済む」。翌日、鏡を見たときは「私、こういう顔してたんだ」と旧友に再会したような気持ちでした。

もう一度、人生を楽しむために。一番大好きだった仕事に戻ろうと、20年秋、「復帰したい」と事務所に連絡しました。勝手をして辞めたのに、事務所はずっとプロフィルをホームページに載せていてくれたのを知り、本当にありがたかった。昔からファンでいてくださる方だけでなく、同じように病気で悩んでいて、新たに応援してくださる方もいらっしゃる。

「なんで私が」と思ったこともあったけれど、病気を経験して、ちょっとおおらかになれた気がします。再発させないため、「リラックスして」「頑張るな」と医師から言われます。あせらず、ちょっとずつ、地に足の着いた活動をして、待っていてくださった方々に恩返ししたい。そう思います。
(顔の痙攣でひきこもり状態、手術で復帰 女優・高樹澪さん)

片側顔面痙攣とは


片側顔面痙攣とは、片側の顔面筋にけいれんを来す病態を指します。中高年女性に多く、眼輪筋(目の周囲の筋肉)に初発し、次第に他の同側顔面筋へ拡がる例が多いです。高樹さんもこのような経過を辿ったようです。

随意運動(筋肉を自ら動かそうとしたとき)や疲労で増強し、睡眠中も持続します。左にやや多く、時に両側性となります。しばしば患側顔面の筋力低下を伴います。

眼輪筋や口輪筋(口の周囲の筋肉)など一側の顔面筋に反復して起こる間代性(間をおいて繰りかえす)、時に強直性(硬くつっぱる)の痙攣は、多くの場合、血管彎曲部による顔面神経根部の圧迫が原因と考えられています。ほかにも、動脈瘤や腫瘍などのケースもあり、詳しい検査をすることも必要です。

片側顔面痙攣の治療


片側顔面痙攣の治療としては、以下のようなものがあります。
ボツリヌス毒素の筋肉内注射で、対症的に治療することがあります。末梢の神経筋接合部における神経終末内でのアセチルコリン放出抑制により、神経筋伝達を阻害し、筋弛緩作用を示します。

しかしながら、神経筋伝達を阻害された神経は、軸索側部からの神経枝の新生により数ヶ月後には再開通し、筋弛緩作用は消えます。そのため、完全に治るという治療法ではありません。

その一方で、根治術希望例、筋力低下進行例では「顔面神経減圧術」を行います。高樹さんのケースでも、この手術が行われていたようです。

顔面神経減圧術後では、頭下開頭を行い、圧迫血管と周囲のくも膜を十分剥離して移動、固定(接着材、吊り上げ)させたり、根部との間に人工物を挿入したりして顔面神経根部を減圧します。治癒率はおよそ95%であるといわれています。

無事、手術を終えられたようです。あまり無理をなさらず、今後もご活躍いただければ、と思われます。

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