東北地方太平洋沖地震に続く福島第1原発事故を受け、放射能による人体への悪影響を抑えるヨード剤の売れ行きが世界各地で急増しているが、専門家らはヨード剤の効果は限られているとし、焦って購入することに注意を呼び掛けている。

米国では製薬各社のヨード剤(ヨウ化カリウム)の在庫が完全に切れ、特に太平洋を挟んで日本の対岸にあたる西海岸の薬局には、処方箋なしで購入できる薬を求める人が殺到した。ヨウ化カリウムのインターネット販売業NukePills.comでは「日本の原発危機のせいで注文が殺到し、出荷には1週間以上の遅れが見込まれている」と言う。もうひとつの米ヨード剤製造販売会社アンベックス(Anbex)でも在庫を切らし、次の入荷は4月中旬までないと言う。

■WHO「ヨード剤は妊婦には危険」
インターネット競売のイーベイ(eBay)ではヨード剤14錠入り1パックが540ドル(約4万3000円)の高値をつけ、ツイッター(Twitter)などのオンライン・コミュニティでは放射能汚染に関する熱狂的な議論が行われる中、世界保健機関(World Health Organization、WHO)は冷静を呼び掛ける声明を発表した。

ヨウ化カリウムは塩類の一種。甲状腺を飽和状態にして、原子炉事故で漏れる放射能に含まれる強い発がん物質、放射性ヨードが甲状腺に取り込まれるのを阻止する効果がある。

しかし、WHOはツイッターで「ヨウ化カリウムは服用前に医師と相談すること。独断で服用してはならない」と警告を発した。WHOによると、ヨード剤は「放射能の解毒剤ではなく」、セシウムなどの放射性元素に対する防御効果もない。しかも、妊婦など特定の人にはかえって健康リスクとなると強調している。

また通常、病院か処方箋をもって薬局へ行かなければヨード錠剤を入手できないアジア各国では、代わりにヨード入り消毒剤の売れ行きがやはり急増しているが、WHOはヨード液の飲用や塗布にも警告を発している。

■チェーンメールで消毒液が在庫切れ
マレーシアの首都クアラルンプール( Kuala Lumpur)の薬剤師ポール・ホー(Paul Ho)氏は、「メールなどで、ヨード系の消毒液が放射能吸収を抑えるというメッセージが出回っている」と懸念する。そうした予防は全く効果がないが「ヨード系の消毒液も在庫が尽きている」と言う。

同様のメールやテキストメッセージは、中国や香港、フィリピンでも流布しており、英BBCが番組で「首の甲状腺の辺りをヨード系消毒液で拭くと良い」と取り上げたといったデマまで流れている。BBCはそのような内容は取り上げていないと否定。「この噂が特にフィリピンでパニックを引き起こしている」とウェブサイトで説明している。
 
マレーシアのリョウ・ティオンライ(Liow Tiong Lai)保健相も、「そうした消毒液を首の周りに塗る必要などない。国民はパニックになってはいけない。状況は保健省が非常に注意深く見守っている」と強調した。

フィリピンのエンリケ・オナ(Enrique Ona)保健相も、焦ってヨード剤を入手する必要は全くないとする声明を出し、「フィリピン政府は今、その必要があるとは考えていない。必要であれば、どこを通じて入手すればよいか分かっているが、今のところ注文するつもりもない」と明言した。
(ヨード剤が各地で在庫切れ、でも「効果は限定的」と専門家)

様々な不安を煽るような状況、集団心理などが影響し、こうした事態に陥ってしまったのではないか、と考えられます。

さらに、日本では以下のようなことが起こっていました。
被曝による健康被害には「安定ヨウ素剤」の服用が有効だが、このため原発事故のたび風評が広がる。安定ヨウ素剤は医師の処方が必要となるなど容易に入手できないため、代替品としてヨウ素を含んだものを飲食しようという風評だが、今回はインターネットの書き込みなどがその広がりに一層の拍車を掛けている。

既に明らかになっているように、ヨウ素入りのうがい薬や消毒液「ヨードチンキ」の飲用は、有害成分が多いことから厳禁だ。

「放射線を浴びてしまったら、ヨウ素を含む昆布(こんぶ)とかを摂取すると、良いと聞きました」「特に多くヨウ素を含む食品は『こんぶ』で、とろろ昆布や乾燥昆布で出汁をとったみそ汁などを多めに食べるのが無理のない被曝予防です」。こんな記述がネットに目立つ。

とろろ昆布や乾燥ワカメ、焼きのりなどの海草が有効というネットの書き込みやブログは現在多いが、独立行政法人放射線医学総合研究所は「含まれる安定ヨウ素が一定ではなく、十分な効果が得られるか不明」としている。
(ヨード卵、昆布…ネット流布の民間療法、「効果は不明」)



関東圏内にある私の勤務する病院でも、医師、放射線技師、看護士向けの放射線科医によるレクチャーがありました。

そこでは、一般市民向けに説明を行う、という想定で、上記のような効果が本当にあるのかどうか、といったことも議論になっていました。
1) 本当にヨウ素を含む食品の摂取や、うがい薬に含まれるヨウ素が無効なのかは不明。(放射線科医などの)専門家であっても、それをしっかり説明できる人はいないだろう。
2) 放射性ヨード(131I)療法では、事前にヨード摂取を制限する(取り込みが低下してしまうため)。その際、イソジンうがい液などの使用は控えてもらっている。
3) イソジンでうがいするぐらいなら(注:内服ではない)、害もないし気休め程度にしてもらっていても、別に良いのではないか。
などといったことが言われていました。

要は、それが治療・予防として確立されているものではないし、専門家でも意見は分かれるところなのではないか、といったことでした。むやみにヨード摂取をすることで、本当に予防になるということでもないし、逆効果を招くことも考えられます。

被災地の方々、特に原発の待避圏内にいらっしゃった方々は不安な日々を送られているかもしれませんが、焦って無闇な行動をとることは避けた方が得策かとは思われます。

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