以下は、外科医のつぶやき「新鮮さがリスクとなる “アニサキス胃腸症”」との記事に掲載されていた内容です。

最近、知人が突然の腹痛で大病院へ入院し、CT検査で腹膜炎と診断され、緊急の試験開腹手術を受けた。その話を聞いて、T病院の外科部長時代のことを思い出した。

ある土曜日の夕方、わたしの携帯電話に友人のKさんから伝言メッセージが入っていた。

「先生ごめん、昼食べたものが悪かったのか、腹痛が次第に強くなって、先生の病院の救急部へ行ったら、内科病棟へ入院させられたよ、どうしよう」

突然の激しい腹痛の場合、外科手術をしなければ大変なことが起こることがある。わたしは即座に病院へ駆けつけた。病棟当直の内科の医師の話では、レントゲン検査とCT検査で腸炎と腸閉塞の疑いとのことであった。病室へ入ると、点滴を受けながら気弱そうな表情をしてKさんがベッドに横たわっていた。

「Kさん、どんな感じですか」とわたし。「いや~、ゴルフ場の昼食でカツオのたたきを食べたんだけど、その後、腹が痛くなって」とKさん。「今はどうですか」「少しましになってきた。内科の先生は鼻から管を入れるって言ってたけど…」

レントゲン写真では通常、小腸の腸管内のガス像は写らない。が、腸の一部に強い刺激を受けると、ストライキを起こしたように小腸の動きが止まり、ガスがその部分にたまってくる。腹部断層のCT検査では、ガスがたまっている近くの小腸壁が一部、分厚く見える。

「Kさん。わたしの見立ては、やはり食べたもの、特に刺身が悪さをしていると思うよ。手術の必要性は今のところないようだけど、明日も日曜で病院はお休みなので、内科と外科両方で診させてもらいます。食事も水分もとらないようにして点滴で経過を見ましょう。今のところ鼻からの管は入れずに観察します」と、私はKさんに説明した。血液検査の結果、小腸のアニサキス症と、Kさんの診断が確定したのは、退院した数日後だった。

アニサキス症とは


アニサキスは数ミリの白い糸状の虫で、多くの魚類やイカなどの内臓に寄生している。そして、魚が死ぬと、身の危険を察知して内蔵から逃げ出し、刺身となる身の部分に丸くなって潜む。最近は物流が発達し、イキのいい状態で生食できる魚が食材として利用できるようになった。おかげで寄生虫もイキのいい状態でわたしたちの口まで届くようになったという訳だ。

実は、わたしもこの病気のお世話になったことがある。
台湾の製薬メーカーの社長さんが日本へこられ、その日の夜、一緒に懐石料理をいただいたときのことである。刺身は鯛とひらめ、イカだった。当然2次会もお付き合いするべきだったのだが、何か体調がおかしな感じがしたので失礼した。

帰宅して早めに床に入ったわたしは突然の腹痛で目を覚ました。

「痛い、痛い、何でこんな痛みが…、ストレスによる胃酸過多か」と自問しながら胃酸抑制剤を飲み、さらに牛乳を飲んで様子を見ることにした。しかし1時間後、2時間後、3時間後と定期的に、左上腹部の1箇所にくぎを刺してさらにグイグイとねじくぎを回しているような痛みが数分間続く。

ストレス性の胃炎や胃潰瘍だとしたら、通常の鎮痛剤を飲んだのではさらに胃を荒らすと思い、市販の鎮痙剤を飲んだが、それでも痛みは治まらない。

ふとそのときKさんのことを思い出した。刺身を食べて突然の腹痛、そして痛みはピンポイント。

「まさか? アニサキスか」
朝一番、後輩が病院長をするW病院へ連絡し、胃カメラをお願いした。「W先生、昨夜から腹痛で。刺身を食べて、痛みはピンポイント、おそらく胃のアニサキスと思う」とわたし。

「わかりました。すぐに来てください。午後一番で緊急胃カメラを準備しておきますので」とW先生。


アニサキス症は内臓幼虫移行症の一つであり、生きたアニサキス亜科幼線虫を含む海産魚介類を摂取後、これらの幼線虫が消化管壁に刺入することにより発症します。本症は、食道、胃、十二指腸、小腸、大腸の全消化管において発症しますが、胃の頻度が高いです。

原因となる魚介類のうち日常よく遭遇するのは、サバ、イカ、アジ、イワシ、サンマ、タラ、カツオなどです。アニサキスの成虫はイルカ、クジラ、アザラシ、トドなどの海棲ほ乳類の胃に寄生する。海水中に糞とともに放出された虫卵は、第2期幼虫となりオキアミ類に摂取され、次いでタラ、イカ、サバなどに捕食され第3期幼虫へと発育します。

ヒトのアニサキス症の発症は、第3期幼虫の寄生している海産魚類を生の状態で摂取することによりヒトの消化管に遊離し、胃壁などの消化管壁に刺入します。

アニサキス症の発症には、虫体の消化管刺入に伴う即時型アレルギーが関与していると考えられています。病変部の病理学的所見としては、好酸球の浸潤、浮腫、充血、出血などがみられます。

胃アニサキス症は原因食品摂取から2〜8時間で発症することが多く、心窩部に差し込むような痛みが出現し持続します。悪心、嘔吐を伴うこともあり、時に下痢、じん麻疹、吐血を認める。腸アニサキス症は、原因食品の摂取後、数時間-数日後に差し込むような痛みが臍部を中心に出現し、悪心、嘔吐を伴います。

虫垂炎、腸閉塞、腸穿孔などと誤診されて急性腹症として開腹手術を受けることがあります。腸管外アニサキス症は、消化管を穿通し消化管以外の臓器に迷入し、さまざまな症状を起こします。肺、胸腔、肝、リンパ節、腸間膜、腹腔、皮下など体内のあらゆる所に認められます。

また、アニサキス症は症状の強さで軽症型と劇症型に分けられる。軽症型は初感染時の虫体の刺入による機械的刺激の症状ですが、劇症型はあらかじめアニサキス抗原で感作されている場合に、再感染を起こし即時型過敏反応により消化管のれん縮と浮腫、肥厚、狭窄などが引き起こされることがあります。

アニサキス症の治療

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