東京都中央区八重洲の歯科医院で今年5月、人工歯根に人工の歯をつける「インプラント手術」を受けた、都内に住む会社役員の女性(70)が、手術中に出血し死亡していたことが13日、分かった。警視庁中央署は業務上過失致死の疑いもあるとみて、遺体を司法解剖するなど捜査を始めた。

調べでは、インプラント手術は歯茎部分を切開するなどして人工歯根を差し込んだ上に、義歯を装着する外科手術。女性は5月22日、60代の男性院長から手術を受けている最中に出血が止まらなくなり容体が急変。すぐに別の病院に運ばれたが翌23日に死亡した。警視庁は出血と死亡との因果関係を調べるとともに、手術に問題がなかったか、院長らから事情を聴いている。
(歯の「インプラント」手術中、出血止まらず死亡)


人の循環血液量は、体重の1/12〜1/20であるとされます。体重50kgの人なら、約2.5〜4.2 lとなります。この循環血液量の半分を出血すれば、出血死してしまうと考えられています。故に、1.3〜2.1 l以上で危険、ということになります。

大量の外出血または内出血によって循環血液量が減少して起こることを出血性ショックといいます。

出血初期には脈拍頻数・乏尿・不穏状態から始まり、やがて収縮期血圧がいわゆるショックレベルの90〜100mmHg以下に下降してきます。顔面や四肢などの末梢皮膚は蒼白となり、冷たくじっとり汗をかいてきます。無気力・無力状態となり立位・座位が保てなくなります。呼吸は弱く、浅く頻数となり重篤になるとあえぐような呼吸となります。

こうしたことは、循環血液量の減少から静脈還流の低下をきたし、心拍出量の減少を招くことによって末梢組織への血流、酸素の供給が不十分となることによって起こってきます。

低血流は皮膚・内臓領域などから始まりやがて腎、その他の生命臓器への血流が不十分となってしまいます。収縮期血圧が80mmHg以下になると腎血流が急速に減り、50〜60mmHg以下になると冠血流、脳血流が急速に減って生命を保てなくなってしまいます。

出血性ショックの重篤度は出血の量と低血流におかれた時間により決まります。低血流・酸素欠乏状態下では、代謝が嫌気的となり乳酸が蓄積して乳酸アシドーシスとなります。この血中乳酸濃度は重篤度の指標になります。

治療としては、確実な止血と輸液・輸血、障害された生命臓器機能の維持が原則です。歯のインプラント手術で失血死、とは考えにくいですが、手術の際、急変を予想してすぐさま対処できるようにしていなければならない、ということなんでしょうね。

【2007年07月22日補足】 健康歯考さんによると、
インプラント手術に伴い生命を脅かす様な偶発症にはどのようなものがあるのでしょうか?
一番考えられる事は、オトガイ下動脈、舌下動脈の損傷が考えられます。下顎の比較的前の方に手術を行う場合に、舌側の歯ぐきを剥ぐ時にこの動脈を傷つけてしまったり、また逆に充分に歯ぐきを剥がずに骨にドリルで穴を開けてしまい、その際に方向がずれている事に気づかず、ドリルが骨を飛び出してしまいドリルでこの血管を損傷させてしまう事があります。とくに、十分に歯ぐきを剥ぐ事をせずにドリルで血管を損傷させてしまう事が問題です。そして、損傷した血管から出血が起こり血液が舌の下の、のどの周りに溜まってしまい、気管を圧迫して窒息を引き起こしてしまう可能性があります。
この事実は、私の知る限りでも1986年のKrenkel&Holznerの文献を筆頭に10以上も発表されています。逆に言うと生命を脅かす様な出血の偶発症のほとんどは下顎の前歯に近い部分の手術時に起こりえる事だと言えます。
とのこと。出血性ショックというよりは、口腔内〜喉頭周囲に血液が貯留し、結果として気道閉塞を起こした、と考える方が自然なようです。

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