要旨
片側喉頭麻痺とは、反回神経の麻痺などを原因とし、片側の声帯縁が正中へと寄らず、その結果、声門が閉じずに嗄声が起こり、喀出困難(力強い咳をするのが困難であること)、さらには他の神経障害や食道通過障害を合併して誤嚥を起こしたりすることである。こういった症状を改善するために、麻痺側声帯縁を正中側へと移動することを目的とするのが声帯内転術である。多くの術式が存在するが、大きく分けて以下の3つに大別される。すなわち、鄯.声帯内注入法 鄱.披裂軟骨内転術 鄴.甲状軟骨形成術?型である。
今回テーマとして取りあげたのが鄴.甲状軟骨形成術?型、特にゴアテックスを用いた術式である。以前は、補填物として自家軟骨(肋軟骨、甲状軟骨)や固形シリコンを用いていたが、侵襲性や医用材料としての認可、加工のし難さなどの問題があった。そこで、最近ではゴアテックスを用いた手術が、その価格の低下とともに、元よりゴアテックス自体がもつ性質である、可塑性・弾性性、生体適合性・安全性に優れていることなどのために術例を増やしつつある。本稿では、一側喉頭麻痺についての説明およびその手術、そして実際に行われた手術およびその結果を交えながら、甲状軟骨形成術?型のゴアテックス8利用における可能性を概説する。
1.発声の機序
まず、発声の概要を示す。発声は以下のプロセスから生じる。
?内喉頭筋の調節により、声門が閉じる。
?同時に、下方から呼気流が送られてきて、声門の振動が起こる。
?結果、声門を通過する呼気流は断続的になり、声門部より上方の空気中に粗密波を生じて声の音源が成立する。
さらに?について、以下に呼気によって声帯振動が生じる機構を示す。
鄯)声門が閉じると、下方からの圧が高まり、声帯縁が押し広げられて声門が少し開く。
鄱)すると瞬間的に少量の呼気が流出し、声門下圧が一時的に下がるため、声帯縁は声帯自体の弾力と呼気流出に伴う声門部の陰圧形成によって閉鎖位に戻る。
この繰り返しが声帯の振動であり、結果的に呼気流の断続が起こるのである。
さらに陰圧形成の部分の補足をすると、声門部という狭窄部を気流が高速で通過する際、べルヌーイ効果により声帯が吸引される。このべルヌーイ (Bernoulli) の効果は、式で表わせば次のようになる。
p + 1/2 ρv 2 = const.
(p : 圧カ, ρ: 気体密度, v : 流速)
従って、流速が早い所では圧カは下降することになる。
(注釈:この陰圧は生理的条件下では、測定しようとする条件負荷による影響が大きく、 正確には測定できない。故に、声帯の2質量モデルの考案者である石坂は喉頭モデルについて理論式からこれを求めた)
次に、声の調節について示す。声の強さは呼気圧によって調節される。一方、声の高さは声帯の緊張および振動部分の質量を変化させることによって決まる。この調節には、上喉頭神経外枝による支配を受ける輪状甲状筋および、それを補佐する反回神経支配の声帯筋が担う。
輪状甲状筋は、声帯を前後方向に引き延ばし、声帯の緊張を増加させ、同時に声帯を薄くして振動部分の質量を減少させる方向に働く。一方、声帯筋は単独に収縮すると声帯を厚くするが、声帯内部の緊張を増加させる働きがある。
両方とも、収縮すると声の高さが高まり、弛緩すると低くなる。
こういった声帯振動を伴わない発声動作を行うと、気流雑音を音源とする囁き声になる。
最後に、声帯の位置関係、すなわち左右の声帯の開き具合について説明する。
声帯の位置は、正常発生時にみられる正中位、正中位と中間位の間である副(傍)正中位、安静呼気の終わり時にみられる中間位、および最大呼気時にみられる外側位、のように分類できる。
2.一側喉頭麻痺の起こる機序・原因
以下に、一側喉頭麻痺の起こる機序およびその原因を順に示す。
・機序について
迷走神経の枝である反回神経や上喉頭神経内枝または外枝は、声帯を動かす筋肉を支配している。したがって、この神経が以下に述べる原因によって、それぞれ単体、または複合で障害を起こすことにより、喉頭麻痺が起こりうる。複合の場合は、反回神経および上喉頭神経外枝複合型麻痺、反回神経および上喉頭神経内枝外枝複合型麻痺などが挙げられる。
反回神経は、右は鎖骨下動脈を、左は動脈弓をまわる迷走神経の枝である。気管と食道の間の溝を走り喉頭へいたる。そして気管に気管枝を、食道に食道枝をそれぞれ送る。両側とも神経の走行が長く、その経過の途中で多くの障害を受けやすい。特に左では右に比べて長く、発生頻度は左側の声帯麻痺より3倍多い言われている。
・喉頭麻痺の起こる原因とは
?.神経損傷による声帯麻痺
頸部の損傷(事故など)、手術による切断または損傷(甲状腺、頸部、胸部の手術など)の後に起こる。
?.神経圧迫、浸潤による声帯麻痺
悪性腫瘍(甲状腺、頸部、食道、縦隔、肺など)、大動脈瘤、心房拡大、縦隔炎や胸膜炎による瘢痕、癒着、気管内挿管による神経圧迫などを原因とする。
?.神経炎による声帯麻痺
ウィルス感染(カゼ症候群、インフルエンザ)によるものものが多い。ジフテリア、腸チフス、敗血症などの感染症や重金属類の中毒でも起こる。
?.その他、原因不明のもの
『突発性反回神経麻痺』という名称を使用する場合がある。?.?.?.の原因が当てはまらずに突然起こり、自然に治癒していくものもある。左側の声帯麻痺に多い。原因は不明である。
以上の中で、?.手術後(とくに甲状腺)?.神経炎、?.原因不明のもの、が多い。
3.一側喉頭麻痺の症状、声帯の局所所見
以下に一側喉頭麻痺の主要となる症状、そしてその声帯の局所所見および検査法を示す。
・一側喉頭麻痺の症状について
症状として嗄声、誤嚥、音声疲労がある。
・声帯の局所所見
麻痺側の声帯は運動障害をきたし、固定して動かない場合が多い。麻痺声帯の位置により症状とその程度が異なる。
4.検査および診断について
・検査について
喉頭鏡検査で声帯の運動障害を観察すれば診断は容易であるが、神経麻痺の原因と治療法の選択のための診断が大切である。
?原因特定のための検査
まず、病床、他の神経障害の有無、迷走神経、反回神経の走行に関係した部位の病変の有無の検査(殊に上咽頭、頸部、胸部に原因となるべき疾患の有無を検査)をする。方法としては視診、触診、聴診、X線検査、内視鏡検査などで精査する。
?治療法選択のための検査およびその選択基準
鄯)検査
声の検査法としては以下のものが挙げられる。神経生理学的検査としてEMG、空気力学的検査として発生時呼気流率、声帯振動の検査としてストロボスコピー、音響分析としてサウンドスペクトグラム、聴覚心理的評価、発声能力の検査として最大発声持続時間(MPT)などがある。
また、音声障害は以下のような観点から検査できる。すなわち、嗄声などによる音質異常、声の高さ、声の強さである。
鄱)判断基準について
?の原因特定について
気管内挿管による麻痺による麻痺は高確率で治る。神経炎(カゼなど)による麻痺もかなりの例で自然治癒する。(逆に、手術や外傷による神経の切断、癌の浸潤、進行性の神経疾患による麻痺は治癒しない)
以下に治療法選択についての判断基準を記す。
1.麻痺の期間について
6ヶ月以上では自然治癒の可能性は小さく、1年以上ではほとんどない。
2.筋電図について
随意運動に伴う筋放電をみとめる場合には、治癒の可能性が大きく、認めない場合には自然治癒の見込みは小さい。
3.声帯位について
麻痺声帯が正中に近いほど治癒の見込みが大きく、正中から遠いほど小さい。
4.ストロボスコピーによる検査結果
声門閉鎖が完全で粘膜波動をみとめる場合には、治癒の可能性が大きく、閉鎖不完全で粘膜波動を認めない場合には小さい。
発声機能検査による結果
正常に近いほど予後がよい。発声機能の良い場合は積極的治療の必要はない。
以上のようなことから治療法および術式を選択する。ただし、以下の鄯〜鄴のことに留意するべきである。
鄯.原因疾患があればその治療が優先する。
鄱.麻痺が起きて期間も短く、回復の可能性があれば副腎皮質ホルモン投与、末梢血管拡張剤、代謝賦活剤ビタミンB1投与などを行い、声の使用を多くする。
鄴.嗄声などの発生障害が軽度な場合は保存的治療で経過を観察する。
5.治療法について
治療法には大別して、保存的治療および手術的治療がある。
鄯)保存的治療
保存的治療は、主に薬物治療と発声訓練からなる。
薬物治療については、喉頭麻痺そのものの回復を目的とするもので、発症直後に開始する。末梢神経炎に起因すると考えられる麻痺は適応となる。また、原因がはっきりしない突発性喉頭麻痺も神経炎を想定し、薬物療法を行う。消炎の目的でステロイド剤(プレドニゾロン60mg程度から漸減)、代謝改善の目的でビタミン剤、血行促進剤などが投与される。
発声訓練は、神経麻痺そのものを回復しようとするものではなく、残存する筋活動を賦活して声門の閉鎖力を強め、さらに発声に必要な呼気力を増すことを目的とする訓練である。
鄱)手術的治療
以下に手術の目的、術式大別およびそれぞれの適応すべき病態を示す。
・目的について
麻痺側声帯縁を手術的に正中に移動し、発生中に声門が閉じて正常な声を出せるようにしたり、呼吸困難や誤嚥がある場合にはそれらを軽減すること。
・手術大別
この1群の手術を一括して声帯正中移動術という。多くの術式があるが、次の3つに分類される。
鄯)声帯内注入法
鄱)披裂軟骨内転術
鄴)甲状軟骨形成術?型
それぞれの手術の原理を示す。
鄯)補填手術:声帯のレベルで甲状軟骨内軟骨膜と軟骨との間に、自家軟骨や固形シリコンなどの補填物を入れ、声帯を内方へ押して声帯縁を正中に移動させるものである。
鄱)披裂軟骨内転術:披裂軟骨突起に糸をかけ、この糸を前内下方、すなわち外側輪状披裂筋と甲状披裂筋の収縮時の力の加わる方向へ牽引し、声帯突起を内転させる。
鄴)甲状軟骨内方移動術:声帯のレベルで甲状軟骨を矩形上に切り、その部分の軟骨片を内方に移動させ、声帯を内方へ押しやり、声帯縁を正中に移動させる。押し込んだ軟骨片はくさびを入れて固定する。
・適応すべき病態
一側喉頭麻痺で声門閉鎖不全があり、そのために嗄声、時に喀出困難や誤嚥があって、かつ麻痺の自然治癒が見込めない場合が適応となる。
・術式の選択
両披裂軟骨声帯突起間の距離が発声中に小さい(目測で1mm程度以下)場合においては、鄯)補填手術 または 鄱)甲状軟骨内方移動術を適応すべきである。
両披裂軟骨声帯突起間の距離が発声中に大きい(目測で1mm程度以上)場合には、鄴)披裂軟骨内転術を適応すべきである。
披裂軟骨内転術の適用となる症例では、この手術だけで声が良くなる場合と、鄯)補填手術、鄱)甲状軟骨内方移動術、または声帯内注入術を併用する必要がある場合とがある。また、声帯縁が高度に弓状の場合には併用を要することが多い。
6.甲状軟骨形成術?型について
以下に甲状軟骨形成術?型の手技を記す。
a.麻酔
局所麻酔下に行う。術前、軽い鎮静剤 (トランキライザー) や鎮痛剤 (例えばソセゴン 30mg, ピレチア 25mg) を投与する。術中発声が必要なので完全に眠ってしまわない様に注意する。
体位は仰臥位、肩枕を入れ喉頭を前頸部表面に近くする。
b.切開線の決定
頸部消毒後、 甲状軟骨切痕 (アダムのリンゴ)、甲状軟骨下縁、輪状軟骨を触診し、指南をつける。切開線は、頸部水平切開でその高さは甲状軟骨中央 (声帯レベル) 又はそれよりやや下方、 正中より患側に 3cm 健側に 1cm 程度が標準的切開である。あまり無理に短い切開をすれは開創の際に無理な力がかかり結局切開線が挫傷をうけ、 きれいな縫合線は術後得られない。
切開後、前頸筋を結紮、圧排を場合により結紮, 甲状軟骨, 輪状軟骨を露出する。輪状甲状筋付近はやや血管に富んでいるので、無駄な障害 (ホビーで焼きすぎない様) は避け慎重に結紮止血する。
甲状軟骨正中部を、露出後患側甲状軟骨翼を充分側方まで露出する。
c.甲状軟骨翼における窓状デザイン
患側甲状軟骨翼上に声帯を正中方向に圧迫するため、矩形の陥凹を作る。正中線より 5〜7mm 離し矩形の左辺 (内側辺) を約 3〜5mm 長に作る (縦の長さ)。右辺 (外側辺) は左辺 (内側辺) より約 8〜10mm離す。あまり横の長さを長くすると、矩形の外側部が輪状軟骨に重なり陥凹せず、声帯内方移動の効果が上らない。
d.甲状軟骨翼の窓状切開
通常、若年者や女性では甲状軟骨化骨化が著しくないので 11 号替刃 (BP blade) で軟骨の切開を行なう。内側軟骨膜より奥に入らぬ様切開は慎重に行なう。一気に切る必要はない。化骨が進んでいる場合には、ストライカーの細小のバーないし電気振動鋸が必要な事もある。最近ではバーを使用している。最後まで切らず、薄くしておいて最後は 11 号で何回も切り、切り離す方が無難である。
一応矩形に切り終ったと思われる所で窓状片を内側へ圧迫してみると、なお切れていない部分が動かないので良く判る。メスでの切開を追加し、又、切れた所から剥離をはじめる。剥離は切開縁より 1mm も行なえば充分なので小さく薄型の剥離子で行なう。よく用いるのがローゼンの鼓膜剥離子とか外耳道剥離子である。副鼻腔手術に用いる剥離子は厚すぎる。昇中隔彎曲症に用いる薄く弾性のある剥離子の方が使いやすい。
窓状片辺縁の剥離が完全に済んだ所で窓状片を剥離子の背で内側に圧迫しつつ発声せしめ声の変化を見る。この際、肩枕をとって発声させた方が自然な発声が可能で正しい評価ができる。至適内方移動の程度が決まれば固定にうつる。
e.窓状軟骨片固定法
ごく僅か、つまり軟骨翼の厚みだけの内方変位で足りる場合には、わずか尾方へずらすのみで固定されてしまう。しかし、反回神経麻痺に対する手術では、通常これでは不充分で、楔をはさみ込み内方移動を充分に行なう必要のある事が多い。窓状切開辺縁の剥離を軟骨内面に沿って行ない、楔が入る様にする。弾性シリコンの板をマットレス縫合で固定する方法とはじめから窓にはまってしまう楔を作り、回転しながら窓わくにはめ込んでしまう方法などがあるが、後者のハメ込み法がより便利かつ短時間で固定がなされる。シリコン板の厚みは 0.5〜2mm 程度である。
f.創面の縫合
止血を確認した上で、局所に抗生物質撒布、筋層縫合、皮下埋没縫合、皮膚適合縫合を行なって手術を終る。縫合は美容上念入りに行なう。相対するピオクタニンのマークをまず埋没縫合 (4-0ナイロン) で合わせる。埋没縫合のみで殆んど隙間のない様切開面を接着せしめる。埋没糸の結び目は奥の方に行く様にする。
あとは 5-0 又は 6-0 のナイロン糸で皮膚切開面のレベルを正確に合わせる。3-M サージカルテープをはり、その上からガーゼを圧迫ぎみにのせる。術後抜糸まで (5日間) は創面をさわらぬ方が良い。
・付記
e.窓状軟骨片固定法に関して、挿入物としてゴアテックスを用いる例が最近報告されつつある。今回のテーマはまさしくその方法の評価にあり、以下に考察を示す。
7.ゴアテックスの性状について
以下では一般的なゴアテックスの性状について以下に記す。
・性質
1.科学的安定性をもつ
フッ素ガス、三フッ素化塩素ガス、溶融アルカリ金属にわずかに影響を受けるが、それ以外のすべての化学薬品、酸・塩基、酸化・還元剤、有機溶剤に侵されない。
2. 非発塵性
純粋なポリテトラフロロエチレンからなるフィブリルがノードを介して相互に連結されているので、フィブリルの破片の離脱や不純物が溶出する心配がない。
3.非粘着性・易剥離性
表面エネルギーが非常に小さいため、粘着性物質と接触させても粘着することがなく、アンカー効果の場合を除いて容易に剥離させることができる。
4.生体適合性に優れている
生体組織との親和性に優れ、異物反応が少なく、毒性、発癌性の心配もない。生体内で劣化、変質することもない。動物実験による結果は以下に示す。
・動物実験における生体適合性
ゴアテックスによる喉頭麻痺に対する手術は、数多くの症例が見られるが、動物実験におけるゴアテックスの使用はあまり報告されていない。報告の一例として以下のものを示す。
Tamplenizza Pらは、ブタをモデルとした喉頭に対するゴアテックスの挿入実験を行った。内視鏡検査法、CT、MRI、および組織病理学による結果では、挿入物に対する拒絶的な反応は見られなかったと報告している。
また、Cashman Sらは、5匹のウサギの喉頭にゴアテックスを移植して、6ヶ月後に肉眼での観察および組織学的検査を行ったところ、変化はなく、ゴアテックスが移植箇所から移動することもなく、なおかつ容易に取り出せることが可能であると報告している。以上のことから、ゴアテックスが生物学的適合性が高いと考えられる。
8.症例
以下に、ゴアテックス利用の甲状軟骨形成術?型を行った2例について記す。術前および術後の音声機能検査の結果は9.結果に記す。
症例1:略
症例2:略
9.実際に行われた手術の流れの一例
行われた術式は、ゴアテックスを挿入物として用いた甲状軟骨形成術?型の手術である。手術の原理としては、まず声帯のレベルで甲状軟骨を窓状切開する。そこへ上底2mm、下底4mmに円錐台状に形成したゴアテックスを補填して、麻痺のために外方へ固定してしまった声帯を内方へ押して、声帯縁を正中に移動させるものである。以下にその術式の流れを示す。
a.麻酔
b.切開線の決定
c.甲状軟骨翼における窓状デザイン
d.甲状軟骨翼の窓状切開
a.に関して、本手術は全身麻酔下で行われた。b〜eに関しては6.甲状軟骨形成術?型について に従う。
e.ゴアテックス成形・挿入
厚さ2mmのゴアテックス(ゴアテックスソフトティッシュパッチ)を長辺を横に5mmで切り、円錐台状に丸めながら圧縮していった。その後、手術用縫合丸針で形成したゴアテックス8を固定し、上底2mm、下底4mmの円錐台状の補填物を作った。それを甲状軟骨麻痺側における開窓部に埋め込んだ。
f.挿入物の補正
鼻腔からファイバースコープを入れ、ビデオスクリーン上にて患側声帯が十分に正中へと寄ったかどうか確認した(不具合が生じたならば、トリミングを行って再び挿入を試みる。一般に補填手術では、補填物は最初はやや大きめに作成し、挿入してみて余分な部分は削り落としていくのが良いとされている)。
補填物の補正後、採取し生食に浸しておいた軟骨片を開窓部に戻し、ダーマボンドで固定した(一般的には針と糸を用いて閉じるのであるが、軟骨が化骨して針が通りづらかったために以上のような術式をとった)。
g.創閉鎖
左右の胸骨舌骨筋を元の位置に戻し、正中で縫合した。さらに、ドレーンを留置して皮膚を縫合閉鎖した。
10.結果
・音声機能検査の結果について
MPTは症例1および2ともに良好な結果が得られた。声の高さを示す基本周波数および声の大きさを示す音圧、声門閉鎖不全の度合いを測る呼気流圧、呼気の強さを示す呼気圧全てに関して、術例1に関してかなりの向上がみられた。症例2に関しては、術後腫れがみられ、検査時にも残っていたため、時間経過につれて検査結果の向上が望めると考えられる。
また、両者とも嗄声、誤嚥の症状が緩和され、会話時の負担が軽減し、飲水が可能となった。さらに症例2に関しては呼吸困難がみられなくなった。
11.術例報告についてのまとめ
現在(2003年11月12日)、最も多くの術例報告をしているのがZeitels SMらの報告である。これによれば、97年から02年にかけて行われた、ゴアテックスを利用した声帯内転術の適応患者は、152名であり、その内の142名についての検査が行われた。結果は、1名が肉芽腫の形成のため、内視鏡によるゴアテックスの除去を余儀なくされたが、他の患者に関しては良好な結果が得られた。このことから、扱いやすさや生体適合性などの理由などもあり、声帯内転術に対する有用な医用材料であると結んでいる。
また、このほかにも術例報告はかなり見られ、Stasney CRらは26例の中で、96%の「良い」または「満足である」といった結果を報告している。
最後に、国内のゴアテックス8利用による甲状軟骨形成術?型の症例を記す。土師らは、一側性声帯麻痺の6症例に手術を行った。平均呼気流率は前例で術前より減少、AC/DC比も一例を除いて上昇しており、シリコンブロックを使って甲状軟骨形成術?型を行った例と比べても音声機能の改善に遜色はないと報告している。
12.結論
本院で行われた一側喉頭麻痺の二症例および、現在発表されている限りの術例報告を元に、ゴアテックスシートを用いた甲状軟骨形成術?型の評価を行った。結果としては、発声持続時間などの音声機能検査結果から判断して、良好な音声機能および呼吸に関しての改善が見られた。また、ゴアテックスはシリコンブロックに比べてトリミングが行いやすく、術中に容易に形成が可能であることが判明した。さらに、動物実験でも証明されている安全性や生体適合性にも優れていて、価格も下がりつつあることから、ゴアテックスを医用材料として甲状軟骨形成術?型に適応することに関して、その有用性は十二分に存在すると考えられる。