)序
常染色体優性多発性嚢胞腎ADPKDが遺伝性疾患である以上、患者は元より血族に対し、疾患についてのインフォームド・コンセントにまつわる問題が生じると考えられる。すなわち、遺伝性疾患一般のインフォームド・コンセントに関する問題や、ADPKDの性質による遺伝性、発症時期や症状の現れ方、合併症や予後についての特異性から、どのように、どの範囲の親類に伝えるのか、また、どの程度の検査を勧めるかなど、家族ごとに多種多様な対応を求められると思われる。そこで、患者が適切と思われる選択性を得るために、どのようなインフォーム・ドコンセントをすべきかについて、以下に考察を記してみたいと思う(ただし、患者自身の「敢えて知らないでいる権利」も尊重すべきかと思うが、以下では簡単のために「どのような事項を説明すべきか」に焦点を絞っている)。
)ADPKDに関する遺伝子診断について
遺伝子診断には、直接DNAの変異を検出する直接遺伝子診断と家系連鎖解析による間接遺伝子診断がある。直接診断はPKD遺伝子の大きさやその構造の複雑さなどに起因する経済的・技術的な問題より個々の症例において実施することは臨床上難しい。一方、間接診断による判定には同一家系内で複数のDNA試料が必要である。現在では腹部超音波ならびにCT検査により腎嚢胞が非侵襲的に容易に診断が可能となっており、遺伝子検査によりPKDと診断する必要はない。しかしながら、画像診断を施行する時期が尚早であると、ADPKD患者であっても嚢胞が確認できないこともあり、今後治療が確立した場合、遺伝子検査による早期診断が重要となる可能性がありうる。
さらに、予後と関連して、進行性腎障害調査研究班の腎機能予後調査によれば、一般に腎機能低下の進行は、PKD1遺伝子の異常に比較して、PKD2の患者で軽度であるとされている(ただし、家系により、また同じ家系内でも個人により進行が異なるのが特徴。また、PKD1は80.90%を占め、残りがPKD2 であるとされている)。場合によっては、こうした予後についての説明や、検査を受けるか否かに関する選択肢について説明が必要であると考えられる。
また、ADPKDにおいては、遺伝性疾患であるが故に、診療にあたっては患者と家族のプライバシーの保護に留意する必要があると考えられる。家族や血縁者のスクリーニング検査は症状や高血圧などが無い場合は、本人の希望がある場合に行う。親から症状のない子供への告知の方法に一定の指針は無いが、一般的には20歳以上の成人に達した者に、遺伝している可能性が2分の1の確率であることを話して、精査は本人の希望に任せるべきであると考えられる。その理由としては、現時点で無症状の者に対するエビデンスのある予防法がないこと、就職、保険加入の面で社会的不利益を受ける可能性があるためである。
)インフォームド・コンセントの必要性について(合併症にまつわる問題)
上記のような告知の必要性としては、致死的である血管性中枢神経障害(脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、脳内血管障害など)をきたす可能性があるためである。血管性中枢神経障害は、明らかに多発性嚢胞腎患者に多い。本邦の疫学調査でも約8%のADPKD患者に頭蓋内出血の既往があり、一般人より約3倍有意に高い頻度である。多くの報告において、多発性嚢胞腎患者では、脳内出血が合併率、直接死因ともくも膜下出血を上回っている。脳出血部位では、高血圧性脳内出血の好発部位である被殻および視床に多いとの報告がある。頭蓋内動脈瘤に対するスクリーニングの有用性としては、以下のようにすることができる。すなわち、
1)多発性嚢胞腎患者には頭蓋内動脈瘤が高い頻度(約10%)で存在すること。
2)年間破裂発生率が低くないこと(0.52%)
3)くも膜下出血を起こした場合の被害が大きい
上記3点について、MRAによるスクリーニングを推奨している(その理由としては、30歳未満では動脈瘤が見つかりにくいことより30歳未満は推奨しないため)。また、脳動脈瘤の検査方法については、腎不全患者の血管造影にヨードを使用すれば腎障害を起こすので、ガドリニウムを脳動脈造影に使用した経験が述べられている。MRAは脳動脈瘤の検出に有用であるが、4mm以下の脳動脈瘤の検出は困難である、とのことである23)。具体的な統計としては、15人の多発性嚢胞腎患者にMRAを行ったところ、はじめの検査で3人に頭蓋内動脈瘤が見いだされ、その後18から72ヶ月後に行った再検査で新たに2人に動脈瘤が見いだされている。すなわち、2.3年間隔での検査が必要であると言える。
さらに、致死的な疾患との関連性としては、心疾患が挙げられる。左室肥大、僧帽弁逆流症、大動脈逆流症が認められ、頻度は0-30%と報告されている。腎機能低下への危険因子として高血圧と左室肥大がみられる。積極的な高血圧に対する降圧(<120/80)は、左室肥大の進行を抑制する。遺伝子型PKD1の患者では僧帽弁逆流症(12.8%)と僧帽弁逸脱症(25.7%)が有意に多い。よって、早期より定期的な血圧の測定、および積極的な降圧を行うためにも、告知が必要であると考えられる。
)インフォームド・コンセントの必要性について(妊娠にまつわる問題)
血圧、腎機能ともに正常の場合には健常女性と同様の妊娠経過である。しかし、妊婦の年齢が30歳以上の場合、妊娠子癇などに伴う胎児の合併症の頻度が増加し、高血圧を合併していない多発性嚢胞腎患者妊婦に比較して未熟児の発症や胎児死亡の頻度が多くなるとの報告がある(28%vs 10%)。また、母体側の合併症も非多発性嚢胞腎患者妊婦に比較すると多発性嚢胞腎女性患者で多くなる事など(35%vs 19%)、高血圧症の有無が母体側、胎児側の双方にとって最大の危険因子である。多発性嚢胞腎患者の妊婦では妊娠経過中に16%の人が新たに高血圧を合併し、一方、高血圧妊婦の25%に高血圧に伴う合併症を認めている。
したがって妊娠中の血圧の管理が最も重要であるが、妊娠20週以降にみられる妊娠高血圧症症候群(従来妊娠中毒症といわれていたもの)の場合は、他疾患に伴う高血圧治療と同様に降圧薬の種類にある程度の制限があり、アンジオテンシン変換酵素薬阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬は催奇型の面から禁忌とされている。妊娠継過中は定期的な通院とともに産科医と内科医の密接な連携が重要である、と考えられる。さらに、妊娠が腎機能に及ぼす影響としては、高血圧症を伴う多発性嚢胞腎患者では妊娠回数の増加に伴い腎機能障害の進行速度が促進される事が報告されている。
また、一定の見解はないが家族歴が明らかな場合には、患者と家族のプライバシーを保護した上で、本人と配偶者の希望があれば胎児の遺伝子診断に対する超音波診断なども検討するべきであると考えられる。
)結論
上記より、ADPKDの疑いのある家族に対して、自身の意志決定によって検査を受けられる年齢に達したならば上記合併症および、女性ならば妊娠における注意点、起こりうる危険性、妊娠継続を断念せざるをえないケースについてのインフォームド・コンセントを行い、該当患者には(無症状であっても)上記スクリーニングや予防的措置を行う必要性があり、十分な説明をすべきだと考えられる。
常染色体優性多発性嚢胞腎ADPKDが遺伝性疾患である以上、患者は元より血族に対し、疾患についてのインフォームド・コンセントにまつわる問題が生じると考えられる。すなわち、遺伝性疾患一般のインフォームド・コンセントに関する問題や、ADPKDの性質による遺伝性、発症時期や症状の現れ方、合併症や予後についての特異性から、どのように、どの範囲の親類に伝えるのか、また、どの程度の検査を勧めるかなど、家族ごとに多種多様な対応を求められると思われる。そこで、患者が適切と思われる選択性を得るために、どのようなインフォーム・ドコンセントをすべきかについて、以下に考察を記してみたいと思う(ただし、患者自身の「敢えて知らないでいる権利」も尊重すべきかと思うが、以下では簡単のために「どのような事項を説明すべきか」に焦点を絞っている)。
)ADPKDに関する遺伝子診断について
遺伝子診断には、直接DNAの変異を検出する直接遺伝子診断と家系連鎖解析による間接遺伝子診断がある。直接診断はPKD遺伝子の大きさやその構造の複雑さなどに起因する経済的・技術的な問題より個々の症例において実施することは臨床上難しい。一方、間接診断による判定には同一家系内で複数のDNA試料が必要である。現在では腹部超音波ならびにCT検査により腎嚢胞が非侵襲的に容易に診断が可能となっており、遺伝子検査によりPKDと診断する必要はない。しかしながら、画像診断を施行する時期が尚早であると、ADPKD患者であっても嚢胞が確認できないこともあり、今後治療が確立した場合、遺伝子検査による早期診断が重要となる可能性がありうる。
さらに、予後と関連して、進行性腎障害調査研究班の腎機能予後調査によれば、一般に腎機能低下の進行は、PKD1遺伝子の異常に比較して、PKD2の患者で軽度であるとされている(ただし、家系により、また同じ家系内でも個人により進行が異なるのが特徴。また、PKD1は80.90%を占め、残りがPKD2 であるとされている)。場合によっては、こうした予後についての説明や、検査を受けるか否かに関する選択肢について説明が必要であると考えられる。
また、ADPKDにおいては、遺伝性疾患であるが故に、診療にあたっては患者と家族のプライバシーの保護に留意する必要があると考えられる。家族や血縁者のスクリーニング検査は症状や高血圧などが無い場合は、本人の希望がある場合に行う。親から症状のない子供への告知の方法に一定の指針は無いが、一般的には20歳以上の成人に達した者に、遺伝している可能性が2分の1の確率であることを話して、精査は本人の希望に任せるべきであると考えられる。その理由としては、現時点で無症状の者に対するエビデンスのある予防法がないこと、就職、保険加入の面で社会的不利益を受ける可能性があるためである。
)インフォームド・コンセントの必要性について(合併症にまつわる問題)
上記のような告知の必要性としては、致死的である血管性中枢神経障害(脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、脳内血管障害など)をきたす可能性があるためである。血管性中枢神経障害は、明らかに多発性嚢胞腎患者に多い。本邦の疫学調査でも約8%のADPKD患者に頭蓋内出血の既往があり、一般人より約3倍有意に高い頻度である。多くの報告において、多発性嚢胞腎患者では、脳内出血が合併率、直接死因ともくも膜下出血を上回っている。脳出血部位では、高血圧性脳内出血の好発部位である被殻および視床に多いとの報告がある。頭蓋内動脈瘤に対するスクリーニングの有用性としては、以下のようにすることができる。すなわち、
1)多発性嚢胞腎患者には頭蓋内動脈瘤が高い頻度(約10%)で存在すること。
2)年間破裂発生率が低くないこと(0.52%)
3)くも膜下出血を起こした場合の被害が大きい
上記3点について、MRAによるスクリーニングを推奨している(その理由としては、30歳未満では動脈瘤が見つかりにくいことより30歳未満は推奨しないため)。また、脳動脈瘤の検査方法については、腎不全患者の血管造影にヨードを使用すれば腎障害を起こすので、ガドリニウムを脳動脈造影に使用した経験が述べられている。MRAは脳動脈瘤の検出に有用であるが、4mm以下の脳動脈瘤の検出は困難である、とのことである23)。具体的な統計としては、15人の多発性嚢胞腎患者にMRAを行ったところ、はじめの検査で3人に頭蓋内動脈瘤が見いだされ、その後18から72ヶ月後に行った再検査で新たに2人に動脈瘤が見いだされている。すなわち、2.3年間隔での検査が必要であると言える。
さらに、致死的な疾患との関連性としては、心疾患が挙げられる。左室肥大、僧帽弁逆流症、大動脈逆流症が認められ、頻度は0-30%と報告されている。腎機能低下への危険因子として高血圧と左室肥大がみられる。積極的な高血圧に対する降圧(<120/80)は、左室肥大の進行を抑制する。遺伝子型PKD1の患者では僧帽弁逆流症(12.8%)と僧帽弁逸脱症(25.7%)が有意に多い。よって、早期より定期的な血圧の測定、および積極的な降圧を行うためにも、告知が必要であると考えられる。
)インフォームド・コンセントの必要性について(妊娠にまつわる問題)
血圧、腎機能ともに正常の場合には健常女性と同様の妊娠経過である。しかし、妊婦の年齢が30歳以上の場合、妊娠子癇などに伴う胎児の合併症の頻度が増加し、高血圧を合併していない多発性嚢胞腎患者妊婦に比較して未熟児の発症や胎児死亡の頻度が多くなるとの報告がある(28%vs 10%)。また、母体側の合併症も非多発性嚢胞腎患者妊婦に比較すると多発性嚢胞腎女性患者で多くなる事など(35%vs 19%)、高血圧症の有無が母体側、胎児側の双方にとって最大の危険因子である。多発性嚢胞腎患者の妊婦では妊娠経過中に16%の人が新たに高血圧を合併し、一方、高血圧妊婦の25%に高血圧に伴う合併症を認めている。
したがって妊娠中の血圧の管理が最も重要であるが、妊娠20週以降にみられる妊娠高血圧症症候群(従来妊娠中毒症といわれていたもの)の場合は、他疾患に伴う高血圧治療と同様に降圧薬の種類にある程度の制限があり、アンジオテンシン変換酵素薬阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬は催奇型の面から禁忌とされている。妊娠継過中は定期的な通院とともに産科医と内科医の密接な連携が重要である、と考えられる。さらに、妊娠が腎機能に及ぼす影響としては、高血圧症を伴う多発性嚢胞腎患者では妊娠回数の増加に伴い腎機能障害の進行速度が促進される事が報告されている。
また、一定の見解はないが家族歴が明らかな場合には、患者と家族のプライバシーを保護した上で、本人と配偶者の希望があれば胎児の遺伝子診断に対する超音波診断なども検討するべきであると考えられる。
)結論
上記より、ADPKDの疑いのある家族に対して、自身の意志決定によって検査を受けられる年齢に達したならば上記合併症および、女性ならば妊娠における注意点、起こりうる危険性、妊娠継続を断念せざるをえないケースについてのインフォームド・コンセントを行い、該当患者には(無症状であっても)上記スクリーニングや予防的措置を行う必要性があり、十分な説明をすべきだと考えられる。