世界一の人工透析大国といわれる日本。現在、透析患者は約28万人おり、毎年新たに約3万人が透析導入を余儀なくされている。腎移植のドナーが増えない限り、透析患者を減らすのは難しい。そんな中、「取手方式」と呼ばれる腎不全保存療法が、透析導入の時期を遅らせることができるとして注目されている。ただ、1回ごとの診療に時間がかかることなどから病院の経済的な負担が大きく、普及が難しいのが現状という。

腎臓は主に血液を濾過し老廃物を排泄する働きをしている。腎臓の機能が低下すると老廃物の排泄ができなくなり、老廃物が血中に蓄積してしまう。老廃物が血中にたまりだした状態を腎不全といい、これが長く続くと尿毒症となり命に危険が及ぶため、透析で人工的に老廃物を排泄することが必要となる。

透析に至る腎臓病は、糖尿病性腎症、慢性糸球体腎炎、腎硬化症、多発性嚢胞腎の4疾患が8割を占めている。糖尿病性腎症は糖尿病にならないようにすることで予防できるとはいえ、生活習慣病ではないI型糖尿病の場合や、ほかの腎臓病は予防が難しい。

腎不全保存療法は、まだ透析の必要のない腎不全患者に、食事療法などを行うことで、透析導入の日を少しでも遅らせようとするものだ。取手方式は、取手協同病院(茨城県取手市)の椎貝達夫名誉院長が中心となり、20年前から行ってきた。自宅蓄尿や腎臓病手帳への記入を患者に行ってもらい、患者の腎機能の状態を正確に把握した上で、食事療法、降圧療法、薬物療法を徹底して行うのが特色だ。

椎貝名誉院長は「一つ一つの治療法には特に真新しさはないが、それぞれを徹底して行うことで腎機能悪化の速度を遅くすることができることがわかってきた。自宅蓄尿など患者さんの負担も多いが、きちょうめんな日本人には向いている」という。

医薬品メーカーのバクスター社が透析患者を調査したところ、腎臓が悪いと分かってから透析に入るまでの期間は3〜4カ月という患者が大部分を占めていた。椎貝名誉院長のもとには、15年以上たってもまだ透析に入っていない患者が12人おり、10年以上の患者は珍しくないという。

もちろん、取手方式で治療しても、透析導入は避けられないことが多いが、少ない例ながら、腎機能の悪化が完全にとまったり、腎機能が改善する寛解もみられるようになった。

椎貝名誉院長は「透析は合併症も多く、患者の身体的・精神的負担が大きい医療行為。透析導入が避けられない場合でも、1日でも導入を遅くできた方が、合併症の進展は少なくなる」と話す。

取手方式はまた、医療経済的にも注目されている。日本では入院費用も合わせた透析医療費の総額は、総医療費の4・2%の1兆3000億円といわれる。医療費増加が問題となる中、1人当たり年間500万〜600万円かかる透析患者を減らすことが急務とされているためだ。

患者にとっても、医療経済的にも望ましい治療法とはいえ、どこの医療機関でも受けられるわけではない。患者への指導など診療に時間がかかる一方で、保険診療点数が低く、医療機関にとっては収入的なメリットが少ないことが、普及を妨げている一因とみられる。

椎貝名誉院長は「普及が遅れると、多くの患者さんが十分な保存療法ができないまま、透析に入ることになる。医療経済的な面だけでなく、患者さんの置かれている立場を考えると、普及を急ぐ必要がある。それには経済誘導しかなく、診療報酬の改定などで、どの医療機関でも行える体制を整えてほしい」と話している。
(腎不全、透析導入遅らせる「取手方式」脚光)


透析療法とは、血液を半透膜を用いて透析し、水分および溶質を除去して血液の浄化を図る方法です。急性腎不全や慢性腎不全、透析可能な薬物による中毒(医療用薬剤,農薬,工業薬品など)、急性肝不全などの治療として行われます。

大別して、血液を透析器(ダイアライザー)に導き浄化した後に体内に返血する血液透析(HD)と、透析液を腹腔内に注入し腹膜の半透膜機能を利用して透析を行う腹膜透析(PD)とがあります。

血液透析(HD)とは、カテーテルあるいは皮下の動静脈瘻(シャント)のいずれかにより、血液をダイアライザーに導入し、透析液と透析膜を介して、血液中の高窒素血症、水・電解質異常を是正する方法です。

シャント(血液路 blood access)とは、動脈と静脈を直接つなぎ合わせた部分をつくる必要があります。これは、動脈から血液を体外循環回路に導き、十分な血液量を得るためのものです。腹膜透析(PD)に比べて、体内から除去したい物質を除く効率は良いですが、不均衡症候群といったものが生じることがあります。

不均衡症候群とは、急激な血液透析により血液透析中あるいは直後に起こる一過性脳症で、頭痛、悪心、嘔吐、筋のけいれん、全身倦怠感、血圧上昇、四肢しびれ感、意識障害などの症状が出現する場合をいいます。これは、透析により尿素などの溶質の除かれる速さが,体の各部位により差を生じることで発生すると考えられます。

腹膜透析(PD)とは、腹腔内に腹膜透析液を注入し、1〜数時間貯留した後、排出するという操作を繰り返す方法です。腹膜透析液の注入、排出には腹膜カテーテルを用います。そのため、シャントは不要となります。

メカニズムとしては、腹腔に貯留された腹膜透析液と腹膜に分布する毛細血管内血液との間で、溶質が濃度差による拡散現象(透析)で除去されます。透析効率は血液透析に比べてはるかに劣り、体液異常の改善に時間がかかります。ですが、それだけに循環系に及ぼす影響も少なく、不均衡症候群も起こりにくいという利点もあります。また血液路を必要とせず,抗凝固療法も不要であるという利点があります。

こうした透析療法導入がなされた場合、以下のような生活における制限が生じます。
血液透析の場合、一般的には毎回、最低4時間を必要とします。さらに、腎機能が廃絶している場合は、週に3回程度、透析療法が必要となり、多くの時間を治療に用いなくてはならないという状況になります。都市部ならばまだしも、透析可能な病院が遠いとなれば、透析のために多くの時間を必要とし、生活に支障をきたすことが考えられます。

腹膜透析の場合も、一日に数回腹腔内に透析液を注入・交換する必要があります。頻繁な通院から解放され、血液透析と比較すると拘束される時間が少ないという利点がありますが、透析を必要とする、ということには変わりなく、自宅を離れるといったことになれば、難渋すると思われます。

2007年3月頃に、徳洲会病院の万波医師による病腎移植が問題となりましたが、上記のような拘束時間などを考えれば、「たとえ病気腎であっても欲しい」と思う患者さんの気持ちも分かるのではないでしょうか。勤め人などであれば、時間的な制約もあり、透析療法と会社を同時に続けていけるかどうか分からないし、結果、生活を成り立たせていけなくなるかも知れません。

厚生労働省は、病気腎移植の原則禁止を盛り込んだ臓器移植法運用指針の改定案を公表し、治療のために摘出した腎臓を別の患者の移植に用いる病気腎移植の原則禁止などを盛り込んで臓器移植法の運用指針を改正し、通知しました。

改正指針は、生体移植に関する規定を新設し、病気腎移植については「現時点では医学的に妥当性がないとされている」とした上で、有効性、安全性が見込まれる臨床研究として実施する場合以外には実施してはならないとしています。

現在としては、慢性的なドナー不足の問題もあり、国内での腎移植は非常に難しい状況にあります。その中では、腎不全患者さんは透析導入をせざるをえないでしょう。

こうした時に、透析導入と腎不全保存療法の選択をするとなると、たとえ生活上の負担となる自宅蓄尿や腎臓病手帳への記入などがあっても、「10年でも、透析導入を先延ばしに出来るならば…」と腎不全保存療法を選ぶ人が、結構いるのではないでしょうか。

今後も増えて行くであろう腎不全の患者さんにとって、たとえいずれは透析導入になるとはいえ、腎不全保存療法の普及は、生活の質(QOL)を考える上で、重要な治療法となるのではないかと思われます。

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