主婦として家事を完璧にこなしながら、娘の学校のPTAの役員も務めていたI・Mさん(48)。前向きな性格の彼女は、地域のボランティアが人手不足と聞けば、翌朝から参加。

頼られるうちが花と自ら進んで用事を増やしていましたが、ある日、PTAのプリント作りで徹夜をしてしまいます。それにも関わらず、翌日、眠くも辛くもなく、すこぶる調子がいいことに気付いたI・Mさん。徹夜明けでテンションが上がっただけと思っていましたが、やがて次々と奇妙な行動をするようになります。
1)徹夜明けなのにとても調子がいい
徹夜明けで疲れているはずなのに、ひどく調子が良い状態でした。鼻歌交じりに朝食を作り、そのテンションの高さに、夫や娘は驚くほどでした。

2)衝動的に大量の買い物をする
スーパーで買い物をし、家に帰って品物を改めてみてみると、魚のパックばかり。自分でもあきれるほどでしたが、売り場では「欲しい!」と思い、衝動的に買ってしまったようです。

3)衝動的に深夜に電話をする
自分で思いついたことを、PTA役員の奥さんたちに話したくて仕方がありませんでした。時間をわきまえずに電話し、深夜2時過ぎまで延々と話し続けます。

4)早朝に目が覚める
以前から睡眠時間は短い方でしたが、前はもっとぐっすりと熟睡感がありました。しかし、眠りたくても早朝に目が覚めてしまいます。ですが、その後しばらくは、テンションも普通で、状態が安定していました。

5)食欲不振
PTAの会長が倒れたと言うことで、次の会長として任期を務めることを頼まれてしまいました。そして、今まで以上に忙しくなり、分刻みのスケジュールとなってしまいました。結果、今まであった食欲がなくなり、次第に元気がなくなっていきました。

6)ひどい倦怠感
今までの元気さが嘘のように、ひどい倦怠感がありました。電話をしてきた知り合いに対応も出来ず、何もできない状態に陥ってしまいました。

これらの経過や症状より、以下のような診断ができると思われます。
I・Mさんは、「双極性うつ病(双極性障害)」になっていたと考えられます。「双極性うつ病」とは、一般的にいわれている躁うつ病のことです(国際的には、双極性障害 bipolar disorderと呼ばれています)。

双極性うつ病は、気分の変動を主体とするエピソード(躁病やうつ病)を繰り返すということが特徴的です。つまり、いつも元気に見える人が何らかの原因で憂うつな気分になり、社会生活に支障を来たす心の病です。推定患者数は20万人以上と言われ、近年、うつ病と診断されている患者の5人に1人が、実はこの病ではないかと考えられています。

実は、軽躁病エピソードで自覚に乏しい場合は診断が難しく(躁状態が見逃されやすい)、しかも抗うつ薬服用中のうつ病性障害に出現した躁症状では、判断に迷うことが少なくないといわれています。

一般に、双極性障害では躁病の期間よりも、うつ病エピソードを呈する期間が長く、再発・再燃を繰り返しやすいといわれています。そのため、社会的にさまざまな障害や制約を受けてしまうことがあります。また、双極性障害ではうつ状態で自殺の危険性が高いことが知られており、注意を要します。

原因はといいますと、I・Mさんの場合、最大の要因は彼女の「明るく元気で社交的」、「失敗してもくよくよしない」という性格が関わっていると考えられます。

こうした性格の持ち主は『高揚気質』と呼ばれ、実は最も双極性うつ病にかかりやすいタイプです。そもそも高揚気質の人は、自分の体力や気力に自信があるため、次々と仕事を安請け合いしてしまう傾向にあります。つまり、この安請け合いによるオーバーワークが、I・Mさんの脳に過剰なストレスをかけ続け、神経伝達物質が不安定になったことで、病を発症したと考えられます。

一方、単極性うつ病は、「真面目で責任感が強く」「神経質でくよくよ考える」といった性格の人がかかりやすいといわれています。こうした人の場合は、自分を責め、結果として単極性うつ病(うつ病相のみが繰り返し出現するタイプ)を発症してしまいます。

単極性は性差があり(男<女)、発病年齢が遅く(中高年が多い)、発病の誘因が明確なものが多く、執着気質が多いなどの点で、双極性と異なった特徴を示します。出現率では、単極性うつ病が50〜60%と最も多く、双極性うつ病は20〜30%と比較的少ないと考えられています。

発病のきっかけとなったのは、プリント作成のための徹夜作業。この徹夜によって、ストレスが彼女の許容範囲を突破してしまいました。この病の最初にして最大のポイントである、あの「軽躁状態」となったわけです。

徹夜明けなのにとても調子がいい、衝動的に大量の買い物をする、衝動的に深夜に電話するなどの症状は、すべて「軽躁状態」になっていたための行動でした。しかし軽躁状態はやがて自然に終息します。実はこれこそ、双極性うつ病の最大の特徴であり、大きな落とし穴です。軽躁状態が消えた後、普通の状態が長く続くため、病に気付きにくいといわれています。

その後、症状が落ち着いた1年後に、PTA会長という大役をまたも安請け合いしてしまいました。その結果、ストレスが再び許容範囲を突破し、ついに、重いうつ状態になってしまいました。

治療方針としては、単極性うつ病の治療は抗うつ薬が中心ですが、双極性うつ病の場合には気分安定薬を用いる必要があります。というのも、以前は双極性うつ病に対しても抗うつ薬を主体とした薬物療法が行われてきましたが、病相の急速交代化を促進する危険性が高いことから(躁鬱の交代が早くなってしまう)、必ず気分安定薬を使用することが重要であるといわれています。

気分安定薬が第1選択となり、軽症例では可能な限りリーマスなど単独で治療します。中等症例では、同様に気分安定薬の単剤治療が原則ですが、抗うつ薬を併用する場合は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRIなどを用います。躁転の危険性が低いと言われている)を追加します。重症例では自殺の危険性が高いため、早期に入院治療に切り替えて、修正型電気けいれん療法(m-ECT)などを導入します。

明るくて前向きな人も、こうした双極性うつ病になる恐れがあります。妙に調子良さそうでも、実は病気の前兆と言うこともあります。早めに精神科に受診することをお勧めします。

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