以下は、ザ!世界仰天ニュースで扱われていた内容です。
2005年10月アメリカ・モンタナ州。人口5千人あまりの小さな町、シドニー。この街に住むアーロンは、妻アニーとの間に3歳のカーターと1歳半のグラントの2人の男の子がいた。
アーロンは町の病院の放射線技師で、仕事も子育ても順調だった。10月16日、甥っ子たちが遊びに来ていたこの日、妻は二男を連れて外出中で、アーロンが子供たちの面倒をみていた。
従兄弟たちと遊んでいたカーターは、従兄弟にぶつかって倒れ頭をテレビ台の角に強打した。見ると、ぶつけたところが赤くなっているだけで、出血や傷は見当たらない。カーターも目に涙を溜めていたが、すぐにまた、元気に遊び始めた。それをみて、アーロンは胸を撫で下ろした。
だが、実はカーターの脳の中で出血していた。その血液が脳を圧迫し始めていたのだが、自覚症状がなく、誰も気づいていなかった。寝室に向かう際、足元がふらついていたが、いっぱい遊んだから疲れたのだろう、と両親は深く考えなかった。深夜、子供部屋の様子がわかるスピーカーからは何も聞こえなかったが、しばらくするとカーターが耳が痛くて眠れないと部屋にやって来た。この時も気づかず、寝かせた。
明け方、苦しむカーターに両親が気づいたが、カーターは意識を失い、失禁、全身の力が抜け、瞳孔は開きペンライトの光にも反応しなかった。ようやく頭を打ったことが原因だと気づいた父は、慌てて自分が勤める病院へ連れて行った。
都会の病院と違って、ここは宿直の医師がいないことも珍しくないが、この日は、内科医のピアース医師と3人の看護師が救急治療室に残っていた。ピアース医師も、その様子を見てただならぬ事態と判断。すぐに検査が行われた。
頭部CT画像では、頭蓋骨の内側に大きな血の塊(左側頭部に凸レンズ状の血腫)がはっきりと写っており、頭部打撲による急性硬膜外血腫であると診断された。命を奪いかねない危険な状態であり、すぐに手術をして血の塊を取り除かなければ、死に至るということは父アーロンにもわかった。
手術が必要だったが、病院には脳神経外科の専門家がおらず、手術ができる病院への搬送が必要だった。
子供の脳の専門医のいる大きな病院へ搬送する事が検討された。だが、デンバー子供病院までは880Kmであり、救急へリで2時間以上もかかる。もっと近いところはと探すと小児科病院ではないがモンタナ病院が一番近いことがわかった。
モンタナ病院は救急ヘリで1時間程の距離だったが、手に負えないとの返答だった。カーターの容態は予断を許さない状態。その状況を知った父は、脳の専門医ではない外科医のエドワード医師に手術をして欲しいと提案した。
ピアース医師はすぐにエドワード医師に連絡。その時、エドワード医師は病院内にいたが、他の患者の手術の準備中だった。エドワード医師は、これまでにも専門分野を超えて手術を依頼されることがあったが、今回はほとんど経験のない脳外科であり、しかも患者は子供だった。だが、カーターと面識もあったエドワード医師は、リスクが大きいと承知しながら、手術を引き受けた。
エドワード医師がカーターを診た時、肘や手首が内側に曲がり、屈筋姿勢になっていた。これは、脳にひどい損傷がある場合に見られる徐脳硬直と呼ばれる状態だった。
病院には脳外科用の手術道具も無かった。エドワードは手術に使えそうな道具を片っ端から集めるよう指示を出し、準備が整うまで、脳の手術に関する書物に目を通したが限界がある、そこでエドワードはデンバー子供病院の脳神経外科の専門医に連絡し、電話でオペの手順を指示してもらいながら応急処置を行うことになった。その後、デンバーの病院で本格的な手術をするという作戦を思いついたのだ。
脳神経外科のデビット医師は手術の途中だったが、オペを別の医師に任せ引き受けた。こうして電話で繋いだ緊急手術が始まった。手術は血の塊がある場所の頭蓋骨にドリルで穴を開けなくてはならない。しかも数ミリ単位のズレで命を落としかねない危険な手術。エドワードは電話の指示で初めての脳外科手術を行った。
慎重に慎重を重ね、血の塊を穴から救い出すことに成功した。だが、新たな出血がおきる緊急事態が起こり、それに対処する必要もあった。それでも2人はあきらめず、手術開始から40分後、手術は成功した。
カーターは緊急ヘリでデンバー子供病院に運ばれ、手術も成功した。翌朝、呼吸装置が外されたが依然、意識は戻らなかった。しかし両親の呼びかけに、カーターが意識を取り戻した。頭部CT検査の結果、血腫はなく、心配された脳へのダメージも見られなかった。5日後には自分ひとりで歩き始め、すぐに元気で遊びはじめるほどに回復した。
脳と脊髄を覆う3層の膜を髄膜といいます。髄膜の3層とは、以下のようなものです。
軟膜とくも膜は薄くて柔らかい疎性結合組織で、硬膜は厚くて強靭な緻密結合組織となっています。硬膜は非常に厚く強靭な膜であり、脳と脊髄を周りの組織から隔て、外傷や感染から守るという役割を担っています。
硬膜外血腫とは、頭蓋骨と硬膜の間に生じた血腫のことを指します。通常は、頭部外傷に伴う頭蓋骨骨折に合併し、頭頂部や側頭部に多くなっています。骨折を伴うことが多く、出血源は硬膜動脈が一般的です。
硬膜動脈は、硬膜の内膜と外膜の間に存在し、頭蓋骨の内板にある血管溝に埋没するように走行しています。つまり、動脈が頭蓋骨を這うように走っているため、頭蓋骨の骨折などが起こると、硬膜動脈が破綻して、硬膜外血腫が発生します(特に、側頭骨骨折による中硬膜動脈の破綻によるものが多い)。ただ、幼い小児では骨折を伴わない症例も多いです。
ちなみに、他の出血源として、硬膜静脈、静脈洞、骨折部の板間静脈などがあります。また、急性とは、上記のように受傷後、症状がでるまで、もしくは手術まで3日以内の症例をいいます。これが4〜21日もしくは30日までの症例を亜急性といいます。
硬膜外血腫の場合、受傷時には意識障害が全く生じなかったか、短時間の意識障害(脳振盪)を伴っていたものが、しばらくの間、意識清明の状態になります。この無症状の時期を「意識清明期」(lucid interval)といいます。この意識清明期があることが、硬膜外血腫の特徴です。この意識清明な期間は、数分から数時間まで、さまざまな場合があります。
その後、頭痛や嘔吐とともに再び悪化します。カーターのケースでも、昼間はあまり問題なく元気に過ごしており、夜間に症状が現れてきました(足のふらつきや側頭部痛、左側の瞳孔散大・対抗反射の消失など)。ただ、小児では成人にみるような明らかな意識清明期を欠くことも多いそうです。
必要な検査や治療としては、以下のようなものがあります。
2005年10月アメリカ・モンタナ州。人口5千人あまりの小さな町、シドニー。この街に住むアーロンは、妻アニーとの間に3歳のカーターと1歳半のグラントの2人の男の子がいた。
アーロンは町の病院の放射線技師で、仕事も子育ても順調だった。10月16日、甥っ子たちが遊びに来ていたこの日、妻は二男を連れて外出中で、アーロンが子供たちの面倒をみていた。
従兄弟たちと遊んでいたカーターは、従兄弟にぶつかって倒れ頭をテレビ台の角に強打した。見ると、ぶつけたところが赤くなっているだけで、出血や傷は見当たらない。カーターも目に涙を溜めていたが、すぐにまた、元気に遊び始めた。それをみて、アーロンは胸を撫で下ろした。
だが、実はカーターの脳の中で出血していた。その血液が脳を圧迫し始めていたのだが、自覚症状がなく、誰も気づいていなかった。寝室に向かう際、足元がふらついていたが、いっぱい遊んだから疲れたのだろう、と両親は深く考えなかった。深夜、子供部屋の様子がわかるスピーカーからは何も聞こえなかったが、しばらくするとカーターが耳が痛くて眠れないと部屋にやって来た。この時も気づかず、寝かせた。
明け方、苦しむカーターに両親が気づいたが、カーターは意識を失い、失禁、全身の力が抜け、瞳孔は開きペンライトの光にも反応しなかった。ようやく頭を打ったことが原因だと気づいた父は、慌てて自分が勤める病院へ連れて行った。
都会の病院と違って、ここは宿直の医師がいないことも珍しくないが、この日は、内科医のピアース医師と3人の看護師が救急治療室に残っていた。ピアース医師も、その様子を見てただならぬ事態と判断。すぐに検査が行われた。
頭部CT画像では、頭蓋骨の内側に大きな血の塊(左側頭部に凸レンズ状の血腫)がはっきりと写っており、頭部打撲による急性硬膜外血腫であると診断された。命を奪いかねない危険な状態であり、すぐに手術をして血の塊を取り除かなければ、死に至るということは父アーロンにもわかった。
手術が必要だったが、病院には脳神経外科の専門家がおらず、手術ができる病院への搬送が必要だった。
子供の脳の専門医のいる大きな病院へ搬送する事が検討された。だが、デンバー子供病院までは880Kmであり、救急へリで2時間以上もかかる。もっと近いところはと探すと小児科病院ではないがモンタナ病院が一番近いことがわかった。
モンタナ病院は救急ヘリで1時間程の距離だったが、手に負えないとの返答だった。カーターの容態は予断を許さない状態。その状況を知った父は、脳の専門医ではない外科医のエドワード医師に手術をして欲しいと提案した。
ピアース医師はすぐにエドワード医師に連絡。その時、エドワード医師は病院内にいたが、他の患者の手術の準備中だった。エドワード医師は、これまでにも専門分野を超えて手術を依頼されることがあったが、今回はほとんど経験のない脳外科であり、しかも患者は子供だった。だが、カーターと面識もあったエドワード医師は、リスクが大きいと承知しながら、手術を引き受けた。
エドワード医師がカーターを診た時、肘や手首が内側に曲がり、屈筋姿勢になっていた。これは、脳にひどい損傷がある場合に見られる徐脳硬直と呼ばれる状態だった。
病院には脳外科用の手術道具も無かった。エドワードは手術に使えそうな道具を片っ端から集めるよう指示を出し、準備が整うまで、脳の手術に関する書物に目を通したが限界がある、そこでエドワードはデンバー子供病院の脳神経外科の専門医に連絡し、電話でオペの手順を指示してもらいながら応急処置を行うことになった。その後、デンバーの病院で本格的な手術をするという作戦を思いついたのだ。
脳神経外科のデビット医師は手術の途中だったが、オペを別の医師に任せ引き受けた。こうして電話で繋いだ緊急手術が始まった。手術は血の塊がある場所の頭蓋骨にドリルで穴を開けなくてはならない。しかも数ミリ単位のズレで命を落としかねない危険な手術。エドワードは電話の指示で初めての脳外科手術を行った。
慎重に慎重を重ね、血の塊を穴から救い出すことに成功した。だが、新たな出血がおきる緊急事態が起こり、それに対処する必要もあった。それでも2人はあきらめず、手術開始から40分後、手術は成功した。
カーターは緊急ヘリでデンバー子供病院に運ばれ、手術も成功した。翌朝、呼吸装置が外されたが依然、意識は戻らなかった。しかし両親の呼びかけに、カーターが意識を取り戻した。頭部CT検査の結果、血腫はなく、心配された脳へのダメージも見られなかった。5日後には自分ひとりで歩き始め、すぐに元気で遊びはじめるほどに回復した。
脳と脊髄を覆う3層の膜を髄膜といいます。髄膜の3層とは、以下のようなものです。
・脳・脊髄の表面に密着した軟膜
・その外側にあるくも膜
・最外側にある硬膜
軟膜とくも膜は薄くて柔らかい疎性結合組織で、硬膜は厚くて強靭な緻密結合組織となっています。硬膜は非常に厚く強靭な膜であり、脳と脊髄を周りの組織から隔て、外傷や感染から守るという役割を担っています。
硬膜外血腫とは、頭蓋骨と硬膜の間に生じた血腫のことを指します。通常は、頭部外傷に伴う頭蓋骨骨折に合併し、頭頂部や側頭部に多くなっています。骨折を伴うことが多く、出血源は硬膜動脈が一般的です。
硬膜動脈は、硬膜の内膜と外膜の間に存在し、頭蓋骨の内板にある血管溝に埋没するように走行しています。つまり、動脈が頭蓋骨を這うように走っているため、頭蓋骨の骨折などが起こると、硬膜動脈が破綻して、硬膜外血腫が発生します(特に、側頭骨骨折による中硬膜動脈の破綻によるものが多い)。ただ、幼い小児では骨折を伴わない症例も多いです。
ちなみに、他の出血源として、硬膜静脈、静脈洞、骨折部の板間静脈などがあります。また、急性とは、上記のように受傷後、症状がでるまで、もしくは手術まで3日以内の症例をいいます。これが4〜21日もしくは30日までの症例を亜急性といいます。
硬膜外血腫の場合、受傷時には意識障害が全く生じなかったか、短時間の意識障害(脳振盪)を伴っていたものが、しばらくの間、意識清明の状態になります。この無症状の時期を「意識清明期」(lucid interval)といいます。この意識清明期があることが、硬膜外血腫の特徴です。この意識清明な期間は、数分から数時間まで、さまざまな場合があります。
その後、頭痛や嘔吐とともに再び悪化します。カーターのケースでも、昼間はあまり問題なく元気に過ごしており、夜間に症状が現れてきました(足のふらつきや側頭部痛、左側の瞳孔散大・対抗反射の消失など)。ただ、小児では成人にみるような明らかな意識清明期を欠くことも多いそうです。
必要な検査や治療としては、以下のようなものがあります。
まず、上記のケースと同様に、頭部CT画像が有用な検査となります。
頭蓋骨に沿った両側凸レンズ型(血腫が硬膜を剥離しながら形成されるため、凸レンズ状になる)の高吸収域所見がみられ、血腫の大きさに比例して周辺脳組織と脳室を圧迫すると考えられます。
たとえ、頭部外傷直後の頭部CT検査で異常がなくとも(受傷直後のCTでは見逃されやすい)、頭部単純X線撮影で骨折を認める場合は、数時間後にまた撮ってみることも重要となります。手術適応としては、CT所見や神経学的所見から決定されます。小児では、急性期に自然吸収することもあります。
治療としては、上記のように放置してしまうと経過は悪く、すぐに開頭して血腫除去や出血源の止血を行う必要があります。血腫は一般に硬く、吸引操作では除去できないため、手術は血腫全体が露出する開頭が原則となっています。
リスクを顧みず、「助けたい」という一心で手術に臨んだエドワード医師、そしてアーロンの決断には感動を覚えました。医療というのは、やはりこうした思いによって支えられているのではないか、と改めて思いました。
【関連記事】
仰天ニュース系の症例集
頭部の外傷により、退院後も逆行性健忘症に陥った女性
頭蓋骨に沿った両側凸レンズ型(血腫が硬膜を剥離しながら形成されるため、凸レンズ状になる)の高吸収域所見がみられ、血腫の大きさに比例して周辺脳組織と脳室を圧迫すると考えられます。
たとえ、頭部外傷直後の頭部CT検査で異常がなくとも(受傷直後のCTでは見逃されやすい)、頭部単純X線撮影で骨折を認める場合は、数時間後にまた撮ってみることも重要となります。手術適応としては、CT所見や神経学的所見から決定されます。小児では、急性期に自然吸収することもあります。
治療としては、上記のように放置してしまうと経過は悪く、すぐに開頭して血腫除去や出血源の止血を行う必要があります。血腫は一般に硬く、吸引操作では除去できないため、手術は血腫全体が露出する開頭が原則となっています。
リスクを顧みず、「助けたい」という一心で手術に臨んだエドワード医師、そしてアーロンの決断には感動を覚えました。医療というのは、やはりこうした思いによって支えられているのではないか、と改めて思いました。
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