「ネイチャー」に発表された最新研究報告によると、乳がんの転移を引き起こす主立った役割をする遺伝子が発見されたという。この遺伝子は米国の研究者から「マスター・レギュレータ(統括調整者)」と呼ばれている、SATB1という遺伝子。がん細胞の中の、少なくとも1000種の遺伝子の行動を操るという。

SATB1遺伝子が活性化すると、がん細胞の拡散が促され、抑制されると、がん細胞の分裂や転移が止まるという。

研究者は語る。「SATB1は乳がんの転移に必要であり、かつ転移を促す働きがあることが、このたび初めて確認された。この発見は転移性がんの治療に新たな道を切り開いただけでなく、乳がんの治療薬や転移防止薬の開発にも役立つだろう」。
(乳がんの治療薬開発につながる遺伝子を発見)


乳癌とは、乳房にある乳腺組織に発生する悪性腫瘍のことです。現在、年間約35,000人の女性が乳癌に罹患しており、女性の20人に1人が乳癌に罹患する計算となります。罹患のピークが40−50歳代にあるため、働き盛りの女性の罹患する癌の中で乳癌は罹患率・死亡率とも第1位となっています。

乳癌罹患者数は1970年の約3倍で、食事内容の変化(脂肪摂取量の増加や初経年齢の低年齢化などで)今後も増加し、2015年には年間約48000人の女性が乳癌に罹患すると予測されています。年々増加の一途をたどり、現在、年間約1万人が死亡しています。

乳癌と遺伝子の関係性としては、まずBRCA1が有名であると思われます。この遺伝子は、家族性乳癌と関連があるといわれています。家族性乳癌とは、「同一家系内に多数の乳癌患者が集積し、通常3名以上、2名の場合でも若年発生・両側乳癌・他臓器癌の合併をみる場合」を指します。

家族性乳癌の原因遺伝子として、現在BRCA1、BRCA2、BRCA3などが同定されています(BRCAとは、乳癌、すなわちBreast Cancerからきている)。

遺伝的乳癌の約45%、遺伝的乳癌と卵巣癌を合わせると80%以上では、BRCA1という遺伝子の突然変異が、癌の原因であると予測されています。BRCA1遺伝子は、ヒト家族性乳がんの原因遺伝子として知られる、癌抑制遺伝子であるといわれています(正確には、酸化的DNA損傷の転写共役修復に関与しているといわれています。つまり、傷ついたDNAの修復に関与しているわけです)。

この遺伝子を血液から採取し、変異の有無を調べる検査は、アメリカでは既に約10年前から一般に行われ、のべ約100万人が受けているそうです。変異がある場合、5〜8割が乳癌に、1〜3割が卵巣癌になるとされています。

また、乳癌細胞が悪性化して転移しやすくなる仕組みも解明されつつあります。大阪バイオサイエンス研究所の佐辺寿孝部長らのグループが解明し、ネイチャー・セル・バイオロジー電子版に発表しています。
 
具体的な内容としては、以下のようなものです。
以前から癌細胞の増殖に、上皮成長因子(EGF)受容体が関与していると考えられています。この受容体の根元に、GEP100が結合すると、細胞内に眠っていてがんの悪性度にかかわるArf6という物質が活性化しやすくなる、とのこと。

さらに、GEP100と呼ばれるタンパク質が、2種類のがん関連物質と連携することで悪性化が引き起こされていることが明らかになったそうです。乳癌の悪性化の仕組みや、今回の転移の仕組みが理解されつつあり、こうした働きを抑える分子標的薬などが出現すれば、より効果的な治療が望めるのではないか、と思われます。

今回の研究における大きな革新としては、SATB1(special AT-rich sequence binding 1)が、今まで個別に発見・研究されてきた癌関連遺伝子群を、まとめてコントロールしている(ゲノムオーガナイザー)という点ではないでしょうか。

「腫瘍発生や転移の促進にかかわっている、多数の遺伝子の発現を変化させる」といのことであり、もしSATB1の働きを抑えることができる抗癌薬などが登場すれば、劇的に治療効果が上がるのではないか、と期待されます。

さらに、現在は「SATB1は乳腺腫瘍で過剰発現していることが多く、予後不良と相関がある」ということが分かっているようですが、この点だけでなく、他の悪性腫瘍に関しても応用できるのではないか、とも思われます。

乳房温存術や、センチネルリンパ節生検によりリンパ節郭清を省略するなど、患者さんの負担を減らす手術法が行われるようになってきていますが、それ以上に「切らずに治す」ということが可能になる時代がやってくるのではないか、と期待されます。

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