以下は、最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学で扱われていた内容です。

5月のある朝、顔を洗おうとした時、虫歯のような痛みが左頬に走ったI・Fさん(72)。その後、食事などの度に左頬の激痛に襲われるようになった彼女は、病院で検査を受けたところ、ある神経の病と診断されました。やがて笑顔を作ったり、冷たい風に当たったりするだけで激痛が走るようになり、こんなに苦しいなら死んだ方がましとまで思いつめたI・Fさん。具体的な症状としては、以下のようなものがありました。

1)歯の痛み
顔を洗っているときや、歯磨きをしているとき、一瞬『虫歯のような痛み』が走りました。ただ、虫歯の治療は済ませており、水を飲んでも痛くありませんでした。

2)食事をする左頬に激痛
食べようとしたところ、今まで味わったことのないような痛みが起こりました。以来、左頬を触れないように顔を洗ったり、歯磨きも右側だけをするようにしていました。

痛みが出始めてから4ヶ月後、家族に痛みを隠すことも出来なくなりました。病院に行き、検査を行った結果、I・Fさんは以下のような病名であると診断されました。
彼女が診断された病名は、三叉神経痛でした。

脳神経の中で最大で、橋から出て三叉神経節をつくった後、眼神経、上顎神経、下顎神経の3枝に分かれます。顔面、口腔、鼻腔、角膜などの表在感覚や、咀嚼筋や外眼筋などの深部感覚など、感覚(触覚や痛覚など)を伝えることに関与しています。

三叉神経痛はすべての神経痛のうちで最も頻度が高く、三叉神経の知覚枝の1枝以上の領域に出現する鋭い刺すような疼痛発作を起こします。三叉神経に、何らかの原因で異常な刺激が伝わり、数秒から数分間に渡り耐え難い痛みを引き起こすと考えられています。

多くは原因不明ですが、それらの症例の多くに、動脈硬化性変化のため蛇行した後頭蓋窩の血管によって、三叉神経が圧迫されることによる障害や中枢神経内での障害が基礎にあるのではないかと考えられています。I・Fさんの場合も、同様に三叉神経の周囲を走る血管が原因ではないか、と考えられます。

加齢などが原因で動脈硬化が進行すると、血流が変化し血管が蛇行します。長い年月の末に、本来触れる位置にない三叉神経を圧迫してしまうことがあります。すると、神経が極端に過敏な状態になり、顔に伝わるわずかな感覚が増幅され、異常な痛みと感じられます。I・Fさんの場合、歯に近い部分からの信号を受ける三叉神経に異常が発生し、痛みを虫歯によるものと勘違いしてしまいました。実際この病は虫歯と勘違いされることが多く、中にはあまりの痛みから、悪くもない健康な歯を自ら頼んで歯医者さんに抜いてもらう人もいます。

発作の持続時間は多くは数秒から数分で15〜20分くらい続くこともありますが、間欠期が短く、発作が頻回に繰り返す場合は持続性の痛みとして訴えられる場合もあります。発作頻度は月に数回から、長いときには10年以上疼痛発作がみられないこともあります。

三叉神経の第2枝(鼻から耳にかけての部分)・第3枝領域(口やあごにかけての部分)のものが多く、第1枝領域(目のまわり)のものは少ないという特徴があります。左右差では右側が多いとされており、大部分は片側性ですが両側性のものも報告されています(1〜6%)。

発作は何らの誘因がなくても起こることもありますが、わずかの誘因、たとえば冷気にさらされたり、洗面、ひげそり、食事、会話や精神的興奮などで生ずることもあります。I・Fさんの場合、笑顔を作ったり、冷たい風が当っても激痛が走るようにまでなりました。

原則としてまず薬物療法を行い、この効果が不十分か無効のとき外科療法の適応を考えます。よく用いられる薬剤は、カルバマゼピン、フェニトイン、クロナゼパム、バクロフェン、バルプロ酸ナトリウムなどです。用量は有効量が年齢や症状により異なり、効果も個人差が大きいです。他にも、抗不安薬や抗うつ薬の併用も有効なことがあります。

ただ、I・Fさんの投薬治療には、じんましんや強烈なめまいなどの副作用が起こってしまい、使用を続けることができませんでした。代表的なカルバマゼピンという薬は、嘔気、腹痛、めまい、発疹、顆粒球減少症などの副作用が出てくる可能性があります。副作用の少ない薬は、2週間も経つ頃には効かなくなり、やはり外科治療が必要となりました。

本来ならば、ジャネッタ法と言って、三叉神経に接している血管を分離・移動させ圧迫の解除を行う開頭術などが行われますが、I・Fさんのような高齢者には身体の負担が大きすぎるということで、見送られました。

2007年12月、担当医から紹介された病院で、一人の医師、東京女子医科大学脳神経外科講師、林基弘先生に出会いました。彼の用いる三叉神経痛治療の方法は、ガンマナイフです。

「ガンマナイフ」とは、放射線の一種であるガンマ線を用いて、外科手術ではなく脳腫瘍などの病気を治す放射線治療。201本の目には見えないガンマ線(コバルト60 線源を半球上に配置する)を病巣に集中照射。

焦点位置と病巣位置を合致させることにより、集中性のきわめて高い放射線治療が可能となります。ガンマナイフを用いると、頭蓋内の病巣に1回で大線量を照射して、病巣を破壊できます。結果、他の脳細胞などにダメージを少なくして、腫瘍だけを壊死させることができます。開頭手術を行わず、手術に匹敵する効果が得られることから、定位手術的照射とも呼ばれます。

脳腫瘍でも用いられることはありますが、I・Fさんの場合、微弱なガンマ線を三叉神経に照射することで、三叉神経の性質そのものを変えようと試みました。つまり、正常な感覚はそのままで、痛みだけがとれるというのです。

そのためには直径わずか3mmという三叉神経の中心にピンポイントで照射することが必要不可欠。しかも、すぐ側には自律神経を司る脳幹があり、ここに少しでもガンマ線が当たると、痺れや麻痺など重い後遺症が残る危険性があります。林先生は、CTとMRIを併用することで正確な照射位置を決定し、通常80%と言われるガンマナイフ治療の成功率を98%にまで引き上げているそうです。

2007年12月29日午前11時、I・Fさんの治療が始まりました。林先生はまず頭に局所麻酔を行い、チタン製のフレームをしっかりと固定。撮影したMRIとCTの画像を元に、照射位置を決めていきます。やがて、I・Fさんの患部の状態が3D画像として浮かび上がり、三叉神経が2本の血管によって挟まれるように圧迫されていることが判明しました。

林先生は、MRIとCTの画像に映った骨のズレを修正していきます。作業開始から30分、ついに照射位置が決定しました。あとは、ガンマナイフの照射を受けるI・Fさんを見守るのみ。そして50分後、手術は終了し、その後は痛みから解放された生活を送っています。

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