アスベスト(石綿)の吸引が発症原因とされるがんの一種「中皮腫」で死亡した患者のうち、約15%は死因が中皮腫でなく誤診だった可能性があることが、岡山労災病院の岸本卓巳副院長らのグループの研究で分かった。

中皮腫は診断が難しい病気とされるが、ほとんどは医師の知識不足が原因だった。誤診の場合、本来は必要のない劇薬治療や投薬代で患者に大きな負担を強いた可能性がある。国の救済金(弔慰金)支給制度に混乱を与える可能性もあり、診断技術の向上が急務の課題として浮かび上がった。

研究では、平成15〜17年の間、死因が中皮腫となっている死亡届約400人分を再調査。遺族の許可を得てカルテやエックス線の記録を調べたところ、約15%に当たる約60人が検査が不十分なまま中皮腫と診断されていた。

検査のための細胞を採取する個所が不適切だったり、レントゲンを読み間違えるなど、医師の中皮腫に対する知識不足が原因のケースがほとんど。こうした不十分な検査では、中皮腫と特定することはできず、病名も別のがんで、石綿とは無関係だった可能性があるという。

研究に参加した広島大大学院の井内康輝教授(病理学)によると、がんにかかわる診断での誤診は通常、数%程度。中には、肺に水がたまっているだけで中皮腫と診断された例もあったといい、井内教授は「水を抜いた後の肺から細胞を採取すれば適切な診断ができるが、担当医師がそれを知らなかったのだろう」としている。

中皮腫の手術に詳しい国立山陽病院(山口県宇部市)の岡部和倫・呼吸器外科医長は「中皮腫の適切な診断が一部の医師しかできていない証拠。不十分な診察で、患者が救済金の支給を受けられないケースもある。今後、医師に対する勉強会を開くなど、国が積極的に周知に取り組む必要がある」と指摘している。
(中皮腫15%が誤診の可能性 診断困難、救済制度混乱も)


中皮腫とは、体腔を覆う胸膜、腹膜や心外膜から発生する腫瘍を指します。発生部位によって、胸膜中皮腫・腹膜中皮腫・心膜中皮腫などがあり、悪性中皮腫と良性中皮腫とに大別することができます。

悪性中皮腫は、肉眼的には限局型とびまん型(びまん型が圧倒的に多い)に、組織学的には上皮様構造の優勢な上皮型(50〜60%)と、紡錘形細胞の増殖が優勢な線維型(5〜10%)に分けられます。

一方、良性中皮腫は限局性で、多くが線維性集塊を作り、線維性中皮腫と呼ばれます(良性胸膜中皮腫の発症と、石綿曝露の因果関係は明確でありません)。また、副睾丸や卵管に発生する腺腫様腫瘍(アデノマトイド腫瘍)も、良性中皮腫の一種です。

悪性胸膜中皮腫の70%は、石綿吸入が発症原因と考えられています(発生要因としては、他に鉱物線維の吸入、放射線照射などの報告があります)。また、職業歴で石綿曝露のある人の約3%が悪性胸膜中皮腫を発症するといわれています。石綿曝露の30〜40年後に発症することから、多段階の遺伝子変化が起こっていると考えられています。

症状としては、胸痛(60〜70%)、呼吸困難(25%)、咳嗽(20%)といったものがみられます。無症状で、健康診断の胸部X線写真で発見(胸水など)されることもあります。

隣接臓器への圧迫・浸潤が生じると、嚥下困難、嗄声(声が嗄れる)、Horner症候群(顔面の発汗、瞼の下垂、神経損傷のある側の瞳孔縮小などがみられる)、上大静脈症候群(上大静脈の閉塞により、顔面、頸部、胸部の浮腫などが起こる)などが起こります。

診断や治療は、以下のように行われます。
診断では、細胞・組織診が必須となります。ですが、胸水細胞診、経皮胸膜生検の診断率はともに25%程度と低いため、最近では積極的に胸腔鏡下胸膜生検が行われ、その陽性率は90%以上であるといわれています。

病理学的には、肺腺癌と鑑別困難なことがあり、免疫組織所見が重要であるといわれています。中皮腫では、calretinin(+)、WT-1(+)、CEA(-)が有用な所見であると考えられています。

ほかにも、胸部X線検査では、胸水の貯留(右側に多い)、胸膜の腫瘍・肥厚斑、肺線維症、縦隔の患側へのシフト(他の胸水貯留疾患との相違点)、縦隔リンパ節腫脹などがみられます。胸部CT検査では、全周性のびまん性胸膜肥厚、腫瘤様突出、胸壁・肋骨・縦隔への腫瘍浸潤などがみられます。

肺機能検査では、拘束性換気障害(%肺活量が80%以下)となります。心電図検査では不整脈がみられることもあります。血清検査では、ヒアルロン酸の値、組織ポリペプチド抗原(TPA)の上昇などがみられます。

治療としては、限局性・良性の中皮腫は外科療法で治癒が期待できます。悪性びまん性胸膜中皮腫の場合は、予後不良であり、外科療法、放射線療法、化学療法(抗癌剤治療)や対症療法があります(びまん性悪性胸膜中皮腫は難治性であり、現在のところ標準的治療はありません)。

手術不能例に対しては、主に化学療法が選択され、アリムタとシスプラチンの併用が標準的治療になる可能性があるといわれています。一方、放射線に関しては疼痛緩和目的、あるいは胸膜肺全摘術後に外照射をすることが行われます。

今後は、診断技術の向上などを目指す一方、「どうして誤診してしまったのか」といったことの研究を通じて、誤診を繰り返さないことも重要になってくると思われます。

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