ひどくむくんだ顔、左頬には鬱血の跡があり、瞳孔反射もみられない…。手術室に入ってから8時間後、ようやく対面できたまな娘は変わり果てた姿となり、ストレッチャーの上でぐったり横たわっていた。

平成13年3月。東京女子医大病院で心臓手術を受けた群馬県高崎市の平柳明香さん=当時(12)が、手術中に脳障害に陥り死亡した。

「簡単な手術だから中学に入る前に治しておこうね」。明香さんは、生まれたときから心臓の左右の心房をしきる壁に穴が開いている心房中隔欠損症だった。このため同年代の子供より小柄だったが、両親の説得には黙ってうなずき、気丈に振る舞った。それでも手術が近づくと「死ぬことはないよね」と不安を打ち明けることもあった。

東京女子医大病院は心臓外科手術の権威として知られる。「最高の病院だと信じ、主治医からも命を落とす危険性はないと聞いていたから…」。歯科医の父、利明さん(57)は今も手術を悔やむ。

死亡の原因は手術中に起きた人工心肺装置のトラブルだったとされる。だが意識不明になって3日後に亡くなるまで、執刀医から詳しい経緯の説明は一切なかった。

「何かを隠しているのではないか」。そんな疑念が、利明さん夫妻を動かした。夫妻の働き掛けで病院側も内部調査に乗り出し、その後、手術中のミスとカルテの改竄が発覚した。手術から1年後には医師2人が逮捕され、厚生労働省は病院についても診療報酬上で優遇措置を受けられる「特定機能病院」の承認を初めて取り消した。

「娘の死の責任はだれにあるのか。ただ真相が知りたかった」。利明さんはこれまでの日々をそう振り返る。だが医療事故をめぐる紛争は後を絶たず、医師の立場としては複雑な気持ちになることもある。

「このままでは、だれも医療を信じなくなる」
(【連載企画「闘う臨床医」(2)】医療は裁けるか)


心房中隔欠損症とは、心房中隔に欠損孔があり、左房と右房の間に交通がある先天性心疾患を指します。

広い意味では一次孔型心房中隔欠損症(心内膜床欠損症不完全型)と二次孔型心房中隔欠損症を含みますが、通常は狭義に用いて、二次孔型心房中隔欠損症のみを心房中隔欠損症と呼びます。欠損孔の部位により、二次孔欠損(70%)、静脈洞型(15%)、一次孔欠損(15%)に分類されます。

小児期の先天性心疾患の約10%、成人の先天性心疾患の約40%を占めます(成人の先天性心疾患の中では最も多い)。女性に多く男女比は 1:2 となっています。

肺静脈から左房へ戻った血液の大半が欠損孔から右房に短絡し(左-右シャント)、左房と右房の圧は等しくなります。左室から全身に送られる血液量は正常に保たれますが、右房→右室→肺動脈へと流れる血流量は正常の2倍ないし4倍に達します。そのため、右房、右室、肺動脈は拡大します。

自覚症状としては、小児期にはありませんが、20歳以降次第に現れてきて、40歳以上では、ほとんど必発となります。年齢的に女性では、2〜3人の出産を済ませている場合が多いです。

軽い症状としては、労作時の呼吸困難、疲労、動悸などを生じます。重症の場合には、うっ血性心不全、胸痛、頭痛、労作時失神などの症状を生じます。気管支炎、肺炎にかかりやすい、といった特徴もあります。

30歳以降では、心房細動などの上室性不整脈、三尖弁閉鎖不全症、僧帽弁閉鎖不全症(MR)、うっ血性心不全の合併頻度が高くなります。未治療の場合、50歳以降では対照群に比べて生存率は約25%以下になってしまいます。

右心系への血流量が増えるため、肺高血圧症が進行していきます。肺高血圧症が進行すると、右−左シャントとなります。そうなると全身を巡ってきた血液が再び全身に送られることになり、チアノーゼをきたすようになります。この状態をEisenmenger(アイゼンメンゲル)症候群といいます。

治療としては、以下のようなものがあります。
内科的には、心不全の治療と呼吸器感染の治療を行います。心不全症状には、ジギタリスや利尿薬を用いて治療を行います。

肺体血流比1.5以上、または2以上で手術適応があります。年齢が進むにつれて手術後に不整脈や心不全が残る率が高くなるので、手術をする時期はなるべく早期、できれば20歳までがよいといわれています。ただし、Eisenmenger化して肺血管抵抗が 14単位・m^2以上ある場合は手術は禁忌となります。

手術は人工心肺を用い、右房を切開して直視下に欠損孔を直接、あるいはパッチを用いて閉鎖します(欠損孔閉鎖術)。有意な僧帽弁閉鎖不全を合併する場合には、僧帽弁形成術または僧帽弁置換を行います。

上記のケースでは、人工心肺装置のトラブルがあり、明香さんはお亡くなりになってしまいました。たしかに、この手術は比較的安全にできるといわれていますが、それでも手術中は何が起こるか分からず、不確定な要素を含みます。万が一の事態が起こった場合、医療者側にはしっかりとした説明をすることが求められていると思われます。

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