以下は、ザ!世界仰天ニュースで扱われていた内容です。

1990年イギリス・ロンドン。ウィリアム・ウテルモーレン(57歳)は妻パトリシア(62歳)と仲良く暮らしていた。ウィリアムは主夫として料理や家計の管理をしっかりとこなしていたが本業は画家で、絵画教室で画を教えていた。

そんなウィリアムに、静かに病魔は忍び寄っていた。それはとても小さな変化だった。ある日の食事のこと。自慢のパスタの味がいつもより薄いことに気が付くパトリシア。「でも、気のせい。」そんな風にやりすごした。しかし、ある日事件が起きる。ウィリアムは自分が教えている絵画教室に行くことをすっかり忘れてしまい、生徒から連絡を受けたのだ。今までそんなこと一度もなかったのに、その日が何曜日なのかがわからなかったのだ。

また、家計の管理の時は計算がおぼつかなくなり始めていた。さらに、ある時パトリシアは長い付き合いの画商から、ウィリアムが最近画を納めてくれないという相談を受ける。不安に駆られて画商と共にアトリエに行くと、そこにはキャンパスの前に呆然と座ってウィリアムの姿が…。周りは描きかけのまま放り出された画でいっぱいだった。鬱病じゃないかと心配したパトリシアは、ウィリアムを病院に連れていくことにした。そして思いがけない病名を告げられる。ウィリアムはアルツハイマー病と診断されたのだ。

二人はさらに病気について詳しく調べた。すると、恐ろしい現実が分かった。この病気にはまだ治療法もなく、徐々に全てを忘れ、最後には自分が誰であったかも忘れてしまう恐ろしい脳の病気なのだと。いずれ自分は愛する妻のことも忘れ、絵を描く事さえもできなくなってしまうのか!?不安に怯えるウィリアムに妻は語りかけた。

「画を描くことだけは忘れないで…」そしてウィリアムは決心する。自分の病気を自画像を描く事で表現しようと…!それ以来、医学的には奇跡とも言える驚異的な気力を持って、自画像を描き続ける。その間もアルツハイマー病は、確実に進行していた。パトリシアに「塩を取って」と頼まれても、ウィリアムは塩の入った瓶を妻にどう渡してあげたらいいかが理解出来なくなっていた。さらに、時間の感覚がなくなり、深夜に絵画教室に行くと言って聞かないこともあった。

1998年、症状は進むばかりだったが、ウィリアムは自画像を描くのを止めなかった。この頃のウィリアムの状態から考えると、同じ状況の患者は◯を描くだけでも精一杯だというのに、ウィリアムは顔と分かる形を描くことができた。ウィリアムの、長年にわたる絵描きの能力は、簡単には失われなかったのだ。

しかし、ウィリアムの症状は急激に進み、日常生活もままならなくなって、ウィリアムはまるで子供に戻っていくようだった。1999年、ウィリアムが色をつけた最後の作品では自分の顔を紙の上に再現する事は不可能だったが、やはり他の患者と比べると驚くべき能力だった。そしてこれ以降の作品では、自分の顔を認識する事すら出来なくなった。それでも彼が描いた自画像は世界で注目を浴びることになり、パトリシアと共に世界中で個展を開き、同じ病に冒された多くの人々に勇気と希望を与えた。こうして闘い続けたウィリアムは、2007年。パトリシアに見守られながら、眠るように息を引き取った。


アルツハイマー病とは、初老期〜老年期に認知症を生ずる代表的な変性疾患です。記銘力障害、失見当識で発症し、中期には失認・失行のため、日常生活に支障をきたします。

ウィリアムさんの場合も、まずは「パスタの味がいつもより薄い」など料理で味付けを忘れてしまったり、絵画教室の日程を忘れてしまうなど、記銘力障害がみられています。また、曜日感覚がなくなっているなど、失見当識が当初にみられています。

さらには、失行がみられています。これは、動かすための一次運動野から神経筋には支障がないのに、動作がうまくできないことを指します。計算ができなくなったり(失算)、絵が描けなくなる・好きな料理ができなくなる(構成失行)、衣服が自分で脱ぎ着できなくなる(着衣失行)などがみられています。

他にも、物盗られ妄想(ウィリアムさんの場合、筆を置いた場所を忘れてしまい、それを奥さんのせいにしていた)や徘徊、不眠などの周辺症状(昼夜の区別がつきにくくなり、夜中に絵を描きたいと言い出していた)のため、介護負担が大きいことも問題となります。日本では、65歳以上での痴呆の約半数がアルツハイマー型痴呆とされています(ウィリアムさんの場合、65歳未満で発症しており、若年性アルツハイマー病と診断されていました)。

ちなみに、アルツハイマー病は本来、初老期の痴呆ですが、その後65歳以上の老年者にみられる老年痴呆も病理学的にアルツハイマー病とほとんど同じであると考えられるようになり、これらを一括してアルツハイマー型老年痴呆と呼ぶようになっています。

神経病理学的特徴としては、老人斑、神経原線維変化、神経細胞脱落などがあります。上記にもありますが、沈着するβ蛋白が発症に大きく関わっているといわれています。アミロイド前駆体蛋白(APP)から切り出されたβ蛋白が、神経細胞障害を起こし、神経細胞死や神経原線維変化が生ずる、と考えられています。

こうした病理学的な変化とともに、症状も進行していくと考えられています。この変遷としては、以下のようになっています。
症状としては、以下のような3期に分けられます。
第1期(初期):進行性の記憶障害、失見当識、失語・失行・失認、視空間失見当がみられ、被害妄想、心気-抑うつ状態、興奮、徘徊などを伴うことがある。
・第2期(中期):中等度から高度痴呆の状態。言語了解・表現能力の障害が高度となり、ゲルストマン症候群、着衣失行・構成失行、空間失見当などがみられる。
・第3期(末期):精神機能は高度荒廃状態となる。言語間代(言葉の終わりの部分,または中間の音節部を痙攣様に何回もくり返すような発語障害)、小刻み歩行、パーキンソン様姿勢異常、痙攣発作などが出現する。
診断のための検査や治療法は、以下のようなものがあります。

当然のことながら、慢性進行性の認知機能の障害が、診断のポイントとなります。鑑別としては、まず慢性硬膜下血腫、脳腫瘍、脳炎、正常圧水頭症など治療可能な認知症を除外診断する必要があります。また、高齢者のうつ病や、せん妄に代表される軽度の意識障害で認知機能の障害を呈することがあり、これらとの鑑別も重要です。

検査としては、頭部MRI写真で大脳のびまん性萎縮がみられます。大脳皮質の萎縮、脳室の拡大、海馬の萎縮が見られます。

治療としては、認知機能の障害を改善する薬物としてアセチルコリンエステラーゼ阻害薬とグルタミン酸拮抗薬があります。現在、日本で治療薬として認可されているものは前者の塩酸ドネペジル(商品名:アリセプト)があります。消化器症状などの副作用が起こる可能性もあり、まずは3mgの錠剤から初めて、1〜2週間過ごして、副作用がなければ5mgに増量します。

周辺症状の治療としては、アルツハイマー病の周辺症状に対する保険適用が認められている抗精神病薬は現在のところありません。そのため、症状に応じて各種の薬剤を適用外使用しているのが現状となっています。

たとえば、幻覚妄想やせん妄、徘徊に対しては抗精神病薬(リスパダールなど)、抑うつに対しては、抗コリン作用の少ない抗うつ薬(トレドミン、パキシルなど)、不眠に対しては、マイスリーなどの半減期の短い睡眠薬などを用います。

こうした薬物療法だけでなく、脳機能を活性化する非薬物療法(現実見当識を明確にするための心理療法であるリアリティーオリエンテーション、回想法、音楽療法、アニマルアシステッドセラピーなど)を行うことも重要です。デイサービスやホームヘルプサービスを利用してご家族など、介護者の負担を軽減することも大切な治療の1つとなります。

ウィリアムさんの場合、奥さんの献身的な介護・理解もあり、非常に大きなサポートを受けることが出来たと思われます。これから迎える超高齢化社会において、こうした認知症の患者さんの尊厳をいかに保ちながら介護を行うのかといったことを考える上で、非常に参考になるニュースであったと思われます。

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