平成14年7月、更年期症状の治療法のひとつ「ホルモン補充療法(HRT)」に関する臨床試験の結果が世界の医療界に衝撃を与えた。

米国の大規模臨床試験「WHI(ウィメンズ・ヘルス・イニシアチブ)」が約1万6000人の臨床データをもとに、HRTで「乳がんの発症や心血管障害のリスクが高まる」とする報告を発表したからだ。当時、不老長寿の「夢の治療」とまでいわれたHRT。報告を境に、米国を中心に実施を控える医師が相次いだ。

更年期症状は閉経前後の約10年間に表れることが多い。老年期に向け体が変わる時期で、卵巣機能などが低下し、女性ホルモンのエストロゲンが急減する。HRTはエストロゲンなどを薬で補い、のぼせや抑鬱症状といった更年期症状を改善する療法だ。骨粗鬆症や動脈硬化症、認知症などを予防する効果もあるとされる。

「報告以降、日本でも敬遠する医師が増えた。その結果、本当に必要としている患者にまで使われなくなった」。日本更年期医学会理事長で弘前大産科婦人科教授の水沼英樹医師は当時をこう振り返る。

ただ、WHI報告をめぐっては、当初から疑問を投げかける医療関係者が多かった。
臨床試験の対象者の約7割が60歳以上と高齢で、太った人が7割を占めるなど、元来健康リスクを抱えた人が多かったためだ。WHIのその後の解析で、閉経直後からHRTを始めた女性では動脈硬化症のリスクが減少し、投与から5年未満の女性では乳がんのリスクがほとんど増えないなど新たな事実も判明した。HRTの効果は現在、世界的に見直されつつある。

国内でも、日本産科婦人科学会と日本更年期医学会が、2年間を費やし、さまざまなデータをもとにHRTの指針案をまとめた。4月に公表される予定の指針案には、60歳以上の女性に初めて投与する場合には慎重に行うこと、投与期間が5年以上に及ぶ場合は乳がんのチェックを徹底すること-などを盛り込んだ。

水沼医師は「投与開始年齢や投与法、量を考慮すれば、リスクよりも治療効果の方が高い」と語る。「閉経後の女性の寿命は長くなった。生活の質を高めるためにも、HRTは女性にとって重要な医療の選択肢です」

更年期症状に悩む女性の電話相談を実施し、調査やフォーラム開催などを行ってきたNPO法人(特定非営利活動法人)「メノポーズを考える会」の三羽(みわ)良枝理事長はこう話す。

同会が16年に実施した調査(321人回答)によると、HRTを受け、改善された症状は、ホットフラッシュ(ほてり、多汗、のぼせ)が54・5%でトップ。うつ気分(21・5%)、頭痛など(17・8%)と続いた。HRTを受けて症状が改善し、「続けたい」とする女性は86%にのぼった。

三羽理事長は「医師によって、HRTへの対応や理解に格差がみられる。まずは正しい知識の普及が大切だ」と話している。
(ホルモン補充療法 「更年期」改善に再評価)


更年期障害とは、更年期(閉経の前後約5年)に現れる多種多様の症候群で,器質的変化に相応しない自律神経失調症を中心とした不定愁訴を主訴とする症候群を指します。

原因としては、性腺機能の変化が視床下部の神経活動に変化をもたらし、神経性・代謝性のさまざまな生体変化を引き起こすことによると考えられています。一方で、更年期では、心理的・社会的にも不安定な時期であるため、その発現には社会的・心因的要因も大いに関与するといわれています。

具体的には、エストロゲン濃度の低下により、negative feedback機構が作動し、視床下部からLH-RHを、下垂体からはゴナドトロピン(LF,FSH)の過剰放出を促します。この機能亢進状態は視床下部に存在する自律神経中枢へ影響を及ぼし、自律神経失調の状態となると考えられます。

一方、心理的・環境的な要因は大脳皮質−大脳辺縁系を刺激するため視床下部の自律神経中枢にも影響を及ぼし、自律神経失調症を発症すると思われます。

症状としては、熱感、のぼせ、心悸亢進、発汗、不眠などを中心とした自律神経失調症状と、不安感、抑うつ、恐怖感、疲労感などの精神神経症状の2つに大別されます。

治療としては、以下のようなものがあります。
更年期障害の薬物療法として頻用されているものは、ホルモン補充療法と漢方療法があります。ほかにも、抗うつ・抗不安薬などが用いられます。

ホルモン補充療法の適応となる症状は、のぼせ、ほてり、発汗、抑うつ、不眠、腰背痛、神経質、頭痛、手足のしびれなどです。一方、漢方療法の適応となる症状は、倦怠感、冷え、のぼせ、ほてり、発汗、腰背痛、神経質などがあります。また、精神神経症状が主な場合や卵巣機能が温存されている女性、エストロゲンが使用できない症例などで抗うつ・抗不安薬などが用いられます。

ホルモン補充療法は、子宮摘出後の女性の場合にはエストロゲン単独投与(ERT)でよいですが、子宮を有する女性には子宮内膜過形成の発症を予防する目的でエストロゲンに黄体ホルモンを併用する必要があります(HRT)。実際の方法としては両者を持続併用投与する方法と、周期的に黄体ホルモンを併用する周期的投与法があります。

ただ、副作用として若干ですが乳癌、血栓症のリスクが高まることや不正性器出血や乳房緊満感があります。また、骨粗鬆症や動脈硬化に予防的に作用するといわれてきましたが、現時点では原則として更年期障害にのみ適応であり、HRTは少量で短期間の投与が推奨されています。

こうした点を踏まえた上で、ホルモン補充療法を受けたいと思われている方は、産婦人科などでご相談されてはいかがでしょうか。

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