生まれて初めて病院に入院し、手術を受けた。3週間前のことである。元来、病気がちであったせいか、かえって入院経験が一度もなかった私は、出張先の大阪で高熱と嘔吐と腹痛に襲われ、救急車で大阪船員病院に搬送された。

結果的に、マイコプラズマ肺炎、虫垂炎、腎炎と3つの「炎症」を起こしていたのだが、抗菌剤の投与と盲腸の手術により、1週間の入院と1週間の自宅療養を経て、ようやく仕事に復帰できるまでに回復した。

もともとマルチ人間を自称する私だが、さすがに同時に3つの病に侵されていたのには仰天した。過労がたたり、免疫が落ちていたのかもしれない。

さて、虫垂炎と腎炎はいいとして、「マイコプラズマ肺炎」というのは、案外と正体不明の病気ではなかろうか。そこで今回は、このマイコプラズマについて書いてみたいと思う。

マイコプラズマの語源だが、「マイコ」はギリシャ語で「菌類」を意味し、「プラズマ」は同じくギリシャ語で「形づくる」を意味する。マイコプラズマという名前を最初に使った人が「これはキノコみたいなものだ」と勘違いしたのが名前の由来らしい。

ちなみに、「プラズマ」は生物学では「血漿」や「原形質」を意味し、物理学や工学では(高温で原子核と電子がバラバラになったような)「物質の第4の状態」を意味する。む、ムズカシイですな(汗)。

まあ、とにかく、そんな勘違いで名前が決まってしまったマイコプラズマだが、きわめて小さな細菌であり、ふつうの細菌と(もっと小さい)ウイルスの中間の大きさと説明されることも多い。普通の細菌と違って細胞壁を持たないため、細胞壁の合成を邪魔する抗生物質(よくお医者さんで処方されるペニシリン系やセフェム系)は効かず、テトラサイクリン系やマクロライド系のものが治療に使われる。

マイコプラズマ肺炎には、いろいろな名前がついている。昔はオリンピックの年に流行したことから「オリンピック病」と呼ばれていた(今では毎年流行するので、この呼び名は使われなくなった)。あるいは、体力のある大人が「なんだか怠いな」などと思いつつ、マイコプラズマ肺炎と気付かずに日常生活を送っていたりするので「歩く肺炎」と呼ばれたりもする。

毎年、子供を中心に学校で集団感染することも多く、私も病院で「子供がかかる病気ですけどね、どこで拾っちゃったかな」とお医者さんに言われた。興味深いことに、私のマイコプラズマ肺炎は、実は治りかけであったことが判明し、まさに「歩く肺炎」を実践していたことも分かった。

ただし、私の場合は、特に咳が出たおぼえもないので、あまり他人にはうつしていないと思うのだが。

なんとも捕らえがたい性格のマイコプラズマだが、風邪が長引いて、町のお医者さんで抗生物質をもらってもなかなか治らない場合は、通常の風邪ではなく、マイコプラズマ肺炎を疑ったほうがいいかもしれない。そのような場合は、ちょっと大きな病院で「ふつうの抗生物質が効かないみたいなんです」と、相談してみたほうがいいかもしれませんゾ。
(【竹内薫の科学・時事放談】マイコプラズマって何者?)


マイコプラズマ肺炎とは、肺炎マイコプラズマ(mycoplasma pneumoniae)の感染によって起こります。小児から若年成人に好発し大部分は良好な経過をとり、その発生数は毎年増加傾向にあり、最近では市中肺炎の原因菌として肺炎球菌に次いで頻度が高いです。

マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)は細胞壁がなく、無細胞人工培地(PPLO培地)で増殖する自己増殖能をもつ最小の原核微生物です(細胞壁を欠くため、β-ラクタム系抗生物質には非感受性です)。マイコプラズマ感染症の成立のためには、咽頭への定着が必須であり、まず上皮細胞に定着し、気道上皮の線毛運動が低下します。潜伏期は 2〜3週であるといわれています。

Mycoplasma pneumoniaeの直接作用として過酸化水素を産生し、組織傷害を起こします。また、Bリンパ球を刺激し、種々の自己抗体を産生して免疫的反応による炎症を引き起こします。このような機序による病理組織学的所見としては、気管支や血管周囲の単核球の浸潤が認められ、気管支上皮細胞の破壊や胞隔炎の像を認めます。

症状としては、夜に眠れないほどの頑固な咳が特徴的です。また、咳はdry cough(乾いた咳)と呼ばれる喀痰を伴いません。また、発熱は38.5℃を越えることもあり、頭痛、咽頭痛、倦怠感などのいわゆる感冒様症状もみられます。

特に病初期には乾性せきと発熱が主症状です。頻度は高くないが呼吸器症状以外にも、発疹や紅斑などの皮膚病変、不整脈や胸痛などの循環器症状、中枢および末梢神経症状、関節症状を呈することがあります。

確定診断は、下記のいずれか1つが得られれば行えます。培養は必ずしも容易ではないため、臨床的な確定診断は抗体価の上昇によることが多いです。遺伝子診断はいまだ一般的ではありません。
病原体の培養:喀痰はみないことも多いため、検体は咽頭スワブを用います。また、通常の血液寒天培地上には発育しないため、PPLO培地を用います。
抗体価の上昇:急性期と回復期(2〜4週以降)のペア血清を用いて、特異抗体価が4倍以上の上昇を示します。方法には、補体結合反応や血球凝集反応が用いられます。
特異遺伝子の検出:病原体のMycoplasma pneumoniaeは常在菌ではないため、PCRなどの方法により、スワブ検体からその遺伝子の存在を証明します。
臨床的には、マイコプラズマ肺炎のような非定型肺炎では、若年者の発症、家族内や集団内流行、頑固なせき、胸部身体所見に乏しい、末梢白血球が正常といった特徴があります。

胸部X線でスリガラス状陰影またはskip lesionがある、グラム染色で原因菌らしいものがない、などといった所見も参考に診断を行います。

治療方針としては、以下のようなものがあります。
マイコプラズマは細胞壁を有さないため、細胞壁を標的とするペニシリン系やセフェム系などのβラクタム系薬は抗マイコプラズマ活性を示しません。

マイコプラズマの増殖抑制を強く示す薬剤には、マクロライド系、ケトライド系、テトラサイクリン系、ニューキノロン系薬などがあります(蛋白合成阻害剤であるマクロライド系薬や、核酸合成阻害剤であるフルオロキノロン系薬などが選択される)。

マイコプラズマ肺炎にはマクロライド系抗菌薬が、クラミジア肺炎にはテトラサイクリン系抗菌薬がより抗菌活性は強いといわれています。新しいマクロライドであるクラリスロマイシンやアジスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬やニューキノロン系抗菌薬などがよく用いられます。

軽症例-中等症例には原則として経口薬(ジスロマック、クラリス、ケテック、ガチフロなど)を投与し、重症例には、注射用のマクロライド系抗菌薬を使用します。治療期間は臨床症状、CRP値、胸部X線陰影の改善などより決定され、一般には細菌性肺炎よりも若干長く、14〜21日間の投与が行われます。

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