読売新聞の医療相談室で、以下のような相談がなされていました。
3歳の息子が「鼠径ヘルニア」と言われ、手術が必要になりました。手術の内容などを教えてください。(35歳母)

この相談に対して、東京大学病院小児外科教授である岩中督先生は、以下のようにお答えになっています。
運動したり、泣いたり、排便したりして腹圧が高くなった時に、腸や卵巣など腹部の臓器が太ももの付け根の「鼠径部」から飛び出し、皮膚が大きく膨らむ病気です。「脱腸」とも呼ばれ、小児外科では最も多くみられます。

成人では、腹壁の筋肉が老化して弱くなることが原因なのに対し、子どもでは、胎児の発達過程でのみ必要だった腹膜の袋状の出っ張りが残ってしまって起きます。本来は1歳過ぎまでに自然になくなりますが、3歳になっても残っている場合には手術が必要です。

ただ、ヘルニアがあっても痛くなければ怖がる必要はありません。体調の良い時を選んで手術を受けてください。

逆に強い痛みを伴う時は、飛び出た臓器が出っ張りの根元で締め付けられ、血流が悪くなっているので、すぐに小児の専門施設で緊急処置を受けましょう。

ヘルニアとは、解剖学的に本来ない場所に臓器や組織が脱出することを指します。鼠径部で腸管が脱出することを「鼠径ヘルニア」といい、ヘルニア門(出口のこと)の部位により外鼠径ヘルニア(間接ヘルニア)と内鼠径ヘルニア(直接ヘルニア)に分類されます。

外鼠径ヘルニアのヘルニア門は内鼠径輪です。外鼠径ヘルニアは、その内容が内鼠径輪から鼠径管に入り、外鼠径輪から出るヘルニアで、鼠径三角(Hesselbach's triangle)の外側、下腹壁動静脈の外側に出るので「外鼠径ヘルニア」と呼ばれます。

一方、内鼠径ヘルニアでは鼠径管の後壁です。鼠径靱帯上で、内側鼠径窩に発生します(簡単に言ってしまえば、下腹壁動静脈の外側に膨隆するのが外鼠径ヘルニア、内側に膨隆するのが内鼠径ヘルニアですが、診断が難しいことも多いです)。

小児の鼠径ヘルニアは、先天的な腹膜鞘状突起の開存により下腹壁動静脈の外側から鼠径管内、陰嚢にかけて腸管や卵巣などの腹腔臓器が脱出する「外鼠径ヘルニア」が圧倒的に多いです。

外鼠径ヘルニアは、鼠径ヘルニアの中で最も頻度が高く、多くは乳幼児期、小児期に発症します。成人では50歳代以降に多くみられ、男子に多く、右側の頻度が高いといった特徴があります。

腹壁組織の脆弱化によりこれらの血管の内側に脱出する「内鼠径ヘルニア」は小児では稀です。内鼠径ヘルニアは後天的なものが多く、鼠径靱帯上で、内側鼠径窩(いわゆるHesselbach三角)に発生します。老人で腹壁の筋肉が弛緩したものに多く発生します。

外鼠径ヘルニアの症状としては、鼠径部の有痛性または無痛性膨隆で、自然消失を繰り返す病歴があれば強く疑います。立位や腹圧をかける(排便時など)と膨隆が出現しやすいです。

乳児や小児では、鼠径部の腫瘤がはっきりしなくても、silk signを認めることが多いです。silk signとは、指を鼠径管上にあてて鼠径靭帯に直角の方向に動かしながら触診すると、ヘルニア嚢のある側では「絹の手袋を触るような」と表現される独特の触感があることを指します。

内鼠径ヘルニアも無痛性のことが多く、多少の圧迫感や鈍痛を伴うことがあります。激しい痛みを伴うときは嵌頓の可能性を考えます。ヘルニア腫瘤は、嵌頓していない限り、膨隆として出たり消えたりするのが特徴であり、腹圧がかかったときに出て、寝たりして腹圧が下がったときに消えることが多いです。膨隆の様子は嚢状というよりは、むしろ半球状で、陰嚢の内までヘルニア嚢が延長することは少ないようです。

鼠径ヘルニアにおいて最も多い重篤な合併症は「嵌頓ヘルニア」です。嵌頓ヘルニアとは、ヘルニア内容がヘルニア門において絞扼されて非還納性となったものです。ヘルニア腫瘤は増大・緊張して、非還納性(戻せなくなる)となり圧痛が著明となります。

やがて嘔吐や排ガス、排便の停止、腹部膨満などの絞扼性イレウス症状を呈するようになり、腸管が穿孔すると腹膜炎となってしまいます。以前からヘルニアの病歴がある患者さんが、突然非還納性となったときは嵌頓を疑います。

還納できない場合には手術を行います。嵌頓後時間の経過したものでは、腸管破裂や壊死腸管を還納するなどの危険性があるので、手術適応の判断が重要となります。

手術治療としては、以下のようなものがあります。
手術には二通りあります。
一つは、鼠径部を2cmほど切り開き、出っ張りの根元を縛るもので、多くの施設で行われています。もう一つは、おへその近くに小さな穴を開けて腹腔鏡を入れ、根元を縛る新しい方法です。腹腔鏡なら反対側の鼠径部に出っ張りが残っていないかも同時に確かめられ、同じ穴でそのまま手術できます。

メッシュ(人工の布)で補強する成人の手術法とは違うため、子どもの手術に精通した小児外科医に執刀してもらうことをお勧めします。切開手術なら片方15分前後で終わります。術後は入浴以外に日常生活の制限はなく、退院翌日から保育園などに通えます。

手術の原則としては、小児の外鼠径ヘルニアではヘルニア嚢の処理で通常は充分ですが、成人ヘルニアでは間接・直接型いずれのヘルニアでも、ヘルニア門を縫縮したり、人工膜を用いて内鼠径輪、鼠径管の後壁を補強することが原則となります。

小児に対する手術は原則的にヘルニア嚢の高位結紮のみで、内鼠径輪の縫縮やKoop固定を適宜追加するようです。

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