半年前、夫に先立たれ、一人田舎で暮らしてきたT・Tさん(74)。彼女を心配する娘に誘われ、都会に住む娘夫婦の近くのアパートで一人暮らしをすることに。昔からクーラーをほとんど使ったことがない彼女は、暑い日でも冷房をつけず、人目を気にして窓も一つしか開けていませんでした。

そんなある日、孫のかばん作りに精を出していると、いつになくだるさを感じ集中できなくなります。その後、娘たちからのバーベキューの誘いを断り、家で過ごすことにした彼女を、さらなる異変が襲いました。
1)倦怠感
孫のために裁縫していたところ、あまりの倦怠感で作業が進みません。そこで、仮眠をとることにしました。
2)立ちくらみ
昼寝を始めてから2時間後、起き上がろうとしたところ、めまいを感じました。そして、そのまま立っていられず、倒れ込んでしまいました。

娘と孫が、倒れ込んでいたT・Tさんの姿を発見しました。T・Tさんは、「熱中症」で倒れてしまいました。

熱中症とは


熱中症とは、外気においての高温多湿などが原因となって起こる症状の総称です。体内に溜まった熱を下げることができず、体温が異常に上昇することで様々な障害が出てきます。

人体においては、深部体温が42℃以上になると生命の危険が出てきます。そのため、視床下部にある体温中枢は、食事・運動による熱産生の亢進または高温・多湿による熱放散の低下によって体温が上昇すると、皮膚の血流増加と発汗によって放熱を促し、核心温を約37℃に維持しようとします。

ですが、脳の温度が上昇すると体温中枢が障害され、発汗が停止して体温が急激に上昇して40℃以上となってしまいます。結果、細胞障害などから昏睡、けいれん、ショック、溶血、横紋筋融解、腎不全、多臓器不全、DICなどの致命的な病態を生じてしまうことがあります。

熱中症は、高温多湿で輻射熱があり風のない環境下で、運動や作業を始めた初日に起こりやすいです(皮膚にある汗腺は、暑熱な環境で運動や作業をして4日目頃から効率的に発汗する)。また、乳児、高齢者、肥満者、暑さに馴化していない人、脱水状態の人、食事をしていない人、通気性や吸水性の悪い衣服を着ている人に起こりやすいです。

ちなみに熱中症は大きく分けて、以下の4つがあります。
熱失神
原因:直射日光の下で長時間行動しているような場合に起きる。発汗による脱水と末端血管の拡張によって、体全体の血液の循環量が減少した時に発生する。
症状: 突然の意識の消失で発症する。体温は正常であることが多く、発汗が見られ、脈拍は徐脈を呈する。

熱疲労
原因:多量の発汗に水分・塩分補給が追いつかず、脱水症状になったときに発生する。
症状:症状は様々で、直腸温は39℃程度まで上昇するが、皮膚は冷たく、発汗が見られる。

熱痙攣
原因:大量の発汗後に水分だけを補給して、塩分やミネラルが不足した場合に発生する。
症状:突然の不随意性有痛性痙攣と硬直で生じる。体温は正常であることが多く、発汗が見られる。

熱射病
原因:視床下部の温熱中枢まで障害されたときに、体温調節機能が失われることにより生じる。
症状:高度の意識障害が生じ、体温が40℃以上まで上昇し、発汗は見られず、皮膚は乾燥している。


熱中症の予防・治療

熱中症の治療・予防としては、以下のようなものがあります。
まずは予防が重要となります。予防としては、日よけや帽子などで暑熱環境を改善することや、運動や作業の前に体調管理(二日酔い、食事抜き、下痢や発熱性疾患の罹患、抗コリン薬などの内服がないこと)が重要となります。

また、暑さに慣れる前は身体負荷を軽減し、日陰でこまめに休憩や水浴びをすることも重要です。スポーツドリンクは、活動前から飲用することも有効です(ただし、糖尿病患者などでは高血糖に注意)。

夏になると急増する熱中症。その患者の半数近くを占めるのが、実は60歳以上の方々なのです。そもそも私たちは、全身の知覚神経の働きによって、暑さ、寒さの気温の変化を感じ取っています。しかし、年齢とともに、この機能は衰え、高齢者は2度から4度も暑さや寒さを感じなくなってしまうのです。

高齢者が最も熱中症を発症しやすい場所は「室内」だそうです。東京消防庁の調べによると2007年、60歳以上の患者のうち、家の中で発症したケースが実に6割近くまで達するのです。ではなぜ、日差しが照りつける外より、部屋の中の方が危険なのでしょうか?実は、夏は日差しの強い外より、室温の方が高くなるのです。

国土交通省のデータによれば、部屋に2箇所の窓がある場合でも、窓を閉めていると、外より9℃も高くなることが分かっています。一方、2つとも窓を開けておくと、温度の上昇は2.8℃。そう、風通しを良くすることが何より大切なのです。

では、1箇所しか窓を開けていなかったT・Tさんの家の風通しは、どうなのでしょうか?木造の部屋で実験してみると、窓が部屋の左右2箇所にある場合、部屋の左側から風速1mの風で煙を入れると、空気が循環して、部屋に風が通っている状態であることがわかりました。一方、1箇所しか窓が開いていない場合、ほとんど風が通らなくなり、煙は部屋の外に流れてしまいました。実際、T・Tさんが開けていた窓も1箇所だけ。これでは外から風が吹いても、ほとんど風が入ってこなくなるため、窓を閉め切っている状態に近くなるのです。

さらに彼女が住んでいたのは、アパートの2階。真夏では屋根の温度が約60℃にも達し、天井に断熱材が少ないアパートの2階では、熱がそのまま部屋の中に伝わるため、1階よりも室温が上昇しやすいのです。そのため、気温32℃の真夏日に、室内は9℃高くなり、彼女の体温も41℃にまで上昇したと考えられます。結果、高熱によって脳の働きが阻害され、ついには意識不明に陥ってしまったのです。

熱中症になってしまった人が出た場合は、風通しのよい涼所に移動させ、体表面を露出させ水で濡らして冷風を送り、スポーツドリンクを飲ませて水とナトリウムを補います。氷嚢などは、頸部や腋窩部、鼠径部などの大血管部位を冷やします。脳血流を確保するためには、足を挙上し手足を末梢から中心部に向けてマッサージします。
 
病院に搬送された場合は、まず気道を確保し、呼吸や循環、尿量、核心温(直腸温や膀胱温)をモニターします。深部体温を38.5℃まで冷却することを目標に、微温湯で皮膚を湿らせ、空気をファンで当てたり、アイスパックを鼠径、腋窩、頸部に当てます。冷却効果が得られない場合は、アルコールを皮膚に塗布したり、冷水を胃内に出し入れしたり冷却ブランケットなどにより冷却するといった処置が行われます。

さらに、ソリタ-T3号やラクテック注を急速静注して補液を行い、CPKが高いときはミオグロビンによる腎障害に注意します。水バランスをとるにあたっては、肺水腫の発生を早期発見するため聴診などを行うほか、頻回の動脈血ガス分析を行い、PaO2の低下をチェックします。電解質の値も補正する必要があります。

夏場は室内にいても、このように熱中症になる可能性があります。是非とも室温には気をつけ、水分(できればスポーツドリンクなどのナトリウム補給ができるもの)をこまめにとることを心がけていただければ、と思われます。

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