米国ミシガン州グラスレイクに1組のカップルがいる。シェリー・ジョンソンさん(22歳)とアーロン・コールさん(24歳)の2人だ。シェリーさんはミシガン大学で看護学を学んでいる。

8月18日、二人は内陸のミシガン州から東海岸のメーン州に向けて車を走らせていた。メーン州の手前にあるニューハンプシャー州に差し掛かったとき、道路から美しい滝が見えた。あの滝のところまで行ってみようということになった。

シェリーさんには、アーロンさんが危なっかしく見えた。「お願いだから、水の中を歩かないで、乾いた地面の方を歩いてよ」とシェリーさんが呼びかけても、アーロンさんは聞く耳を持たない。

案の定、アーロンさんは足を滑らせてしまう。40メートル近く下まで滑り落ちたところで、アーロンさんは頭部を岩にぶつけて止まった。

シェリーさんが駆け下りると、アーロンさんは水面にうつ伏せに浮かんでいた。シェリーさんが抱き起こすと、頭部に怪我を負って出血していた。そして、呼吸は停止していた。

すぐさま心肺蘇生措置を開始したシェリーさん。そのお陰で、アーロンさんの呼吸や脈は戻っていた。だが、頭部に外傷を負ってしまっていた。そこで、ビキニを脱いで応急処置をシェリーさんは行った。

それから彼女は、アーロンさんを担いだまま、登りに45分も要した道程を引き返すことにした。体重52キロのシェリーさんはアスリートでもあり、ハードル競技で州チャンピオンの座に輝いた実績を持つ。だが、アーロンさんの体重は73キロある。

必死になってアーロンさんを運びながら、シェリーさんは彼が眠りに落ちないように、彼を揺り起こし、話しかけ続けた。「頭部に怪我を負っていたので、昏睡状態に落ちるのを防ぐことが重要だとわかっていたからです」とシェリーさんは言う。

滝の下までたどり着くと、そこに女性が2人いた。なんと、その2人は救急救命ナースとICUナースだった。第3の幸運がシェリーさんとアーロンさんを待ち受けていたのである。

2人のナースに付き添われながら、最寄りの病院までアーロンさんを運んだ。あいにく、その病院には、頭部に重傷を負った患者を処置するための設備がなかった。そこで、アーロンさんはニューハンプシャー州 レバノン市の大病院にヘリで運ばれた。

アーロンさんは2日間入院したが、検査の結果、彼の脳は回復不能な損傷を免れていることが判明し、無事退院を果たした。
(22歳の女子ハードラーが滝から落ちた恋人を蘇生し、ビキニを脱いで止血し、下界まで担いで降りる)

心肺停止とは


心肺機能停止(cardiopulmonary arrest;CPA)とは、自律的な循環(心臓)と呼吸(肺)の機能が中断した状態を指します。心停止は心臓のポンプ機能の完全な停止を、呼吸(肺)停止は肺における外呼吸の途絶を意味し、ただちに心肺蘇生法の適応となります。

たとえ体外循環装置、人工呼吸器などの機械によってこの機能が代行されている場合でも、自律的な機能が失われていればこう呼びます。

死が不可逆的で蘇生の可能性はないと判断された状態であるのに対し、心肺機能停止は、まだ本人の自律的な心肺機能を蘇らせる可能性のある場合に対して用いられることが多いです。

病院外心肺停止の救命のためには、救急通報、心肺蘇生法、除細動、二次救命処置が迅速に連携する必要があります。これを、救命の連鎖(chain of survival)といいます。

心肺蘇生法のみでは、約15分以上継続しても、特別な場合(小児、低体温など)を除き、生存は望めないため、早急に二次救命処置の可能な病院に搬送する必要があります。

心肺停止例でも心静止、PEA(pulseless electrical activity、脈なし電気活動)の場合は、残念ながら蘇生率はいまだにかなり低いですが、心室細動や脈なし心室頻拍の場合は、早期CPR()および早期除細動が行われれば、約74%もの蘇生率が見込まれるため、CPR(心肺蘇生術cardio pulmonary resuscitation)とAED(automated external defibrillator、自動体外式除細動器)による早期除細動が望まれます。

これらは、きちんと講習を受ければ医療関係者以外の人でもAEDの使用は可能であり、航空機や公衆の集まる施設などで整備が進められています。

心肺蘇生術とは


心肺蘇生術とは以下のような説明ができると思われます。
まず、倒れている人を発見した場合、周囲の安全を確認してから近寄り、肩を軽くたたきながら呼びかけます。意識がなければ、周りの人に119番通報(院内であれば救急コール)とAEDの確保を要請します。

自分しかいない場合には、傷病者が成人であれば緊急通報をまず行い、小児であれば先に2分間のCPR(cardio pulmonary resuscitation)を行ってから通報します。

ABCの順で状態の確認を行っていきます。すなわち、気道確保(A:airway)、そして呼吸と脈の確認(B & C:breathing and circulation)です。

気道確保(A:airway)では、頭部後屈あご先挙上法で気道を確保する。頸椎損傷が疑われる場合には下顎挙上法を行う(ただ、一般市民には下顎挙上法は指導しないこととなっているようです)。

次に、呼吸と脈の確認(B & C:breathing and circulation)を行います。気道を確保した状態で、呼吸と脈の確認を同時に行う。呼吸については有無ではなく、「正常かどうか」あるいは「普段どおりの呼吸か」を確認します。医療従事者は同時に頸動脈の確認を合わせて10秒以内で行います(一般市民は脈の確認はしません)。

心肺停止の場合、人工呼吸と胸骨圧迫心臓マッサージ(B & C:breathing and circulation)を行います。人工呼吸(2回)を行い、人工呼吸は、約1秒かけて、胸の上がりが見える程度の吹き込みを2回試みます。

人工呼吸の実施に時間がかかる場合[たとえば、バッグバルブマスク(BVM)や感染防護具が手元にない]や、実施が躊躇される場合には直ちに胸骨圧迫心臓マッサージからCPRを開始します。

胸骨圧迫心臓マッサージ(30回)は、胸骨圧迫位置の目安「胸部の真ん中で、胸骨1/2下半分」もしくは、「左右の乳頭を結ぶ線が胸骨と交わる点」を参考にして行います。

体重をかけて4〜5 cmの深さ(小児と乳児は胸の厚みの1/3)で、100回/分の速さで胸骨を圧迫します。圧迫解除は血液が十分に心臓に還ってくるよう、胸郭が元の位置に戻るまで行う(圧迫と解除の時間比は1:1)。30回を1サイクルとします。

心肺蘇生術(CPR)は、何らかの応答や目的のある仕草が現れる、または救急隊などに引き継ぐまで継続します。頸動脈は触れる、あるいはCPRで戻ったが、自発呼吸がない場合には、10回/分にて人工呼吸を行います。2分ごとに確実に脈拍が触知できることを確認します。正常な自発呼吸がある場合には、外傷がなければ傷病者を回復体位にし救援の到着を待ちます。

上記のようなケースでは望めませんが、できればAEDがあると非常に有用です。自動体外式除細動器(AED:Automated External Defibrillator)とは、心臓の心室細動の際に電気ショックを与え(電気的除細動)、心臓の働きを戻すことを試みる医療機器です。

心電図波形の自動解析機能を有している除細動器で、除細動の要否を自動的に判定し、「除細動が必要」あるいは「除細動の必要なし」のアドバイスを音声と液晶ディスプレイにより知らせてくれ、次に必要な手順も指示してくれます。使用者は、指示に従って除細動器のスイッチボタンを押します。

ちなみに、"正常な拍動をしている""心臓・完全に停止している""心房細動を起こしている"心臓に対しては、AEDの診断機能が「除細動の必要なし」の診断を下し、通電は行われません。

不幸中の幸い、というのかは分かりませんが、万が一の時のために心肺蘇生術やAEDの取り扱いに関しては、情報を集めておくに越したことはないようです。

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